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安田雅弘演劇の正しい作り方

【演劇の正しい作り方㉗】たるえだ(体育としての演劇16)/98年10月号

 演劇の正しい作り方27/98年10月号

 今回は山の手事情社オリジナルのトレーニングを紹介する。といっても聞くところでは、全国の高校や劇団ですでに稽古に取り入れられているところもあるようなので、知っている人も多いかもしれない。
 「たるえだ」と呼ばれるこのトレーニングは、参加する者がほぼ一ヵ所にとどまったままで、前から樽(たる)が転がってきた時にはジャンプをし、木の枝(えだ)が迫ってきた時には伏せるという単純なルールから始まった。樽と枝で「たるえだ」になったのである。一般にここで紹介しているトレーニングは、さまざまな段階で手が加えられてから完成しているためか、多くのものはどのような過程で作られたか、アイデアを出したのが誰だったかというようなことはわかっていない。「たるえだ」は例外で、当時山の手事情社に所属していた池田成志(俳優)が考え出したものである。
 みんなで楽しめるシーンや稽古方法をどんなに突き詰めても、それだけでは完成度の高い演劇作品にはならない。あたり前のことだと思うかもしれないが、ボク自身それをさとったのは、そんなに古いはなしではない。山の手事情社がそこから踏み出して作品づくりを始めたのはここ5~6年のことなのである。それまでの長い期間は参加する者が楽しめるトレーニングや空間を作ることがすなわち劇団の演劇活動の全てであったといっても過言ではないだろう。「たるえだ」はその時期に作られたものである。
 今になって思うと、楽しめるシーンや稽古方法だけに取り組んできたことは、今ボクが演劇を考える上でとても多くの材料を提供してくれているように思う。その基本にある考え方は、作品を作る上で、それを実現するための訓練方法や、パイロットシーンとでも呼ぶべき実験的な試作は自分たちで考え、作っていいということだ。というより、自分たちで考えなければならない。それが個性的でなければ、とうてい個性的な空間をつくることなどおぼつかない。つまらない稽古場から面白い作品ができることはない。この原則は今でも生きている。ボク自身あの長い、稽古方法を模索した期間を持たなければ、演劇を続けようとは思わなかったかもしれない。
 今年の夏も長岡市(新潟県)、宮城県、千葉県、越谷市(埼玉県)といった地域の高校演劇の先生方や関係者の方から高校生を対象としたワークショップの講師にお招きいただいた。酷な言い方になるかもしれないが、今の高校生は演劇的経験と教養からいえば、いわば幼稚園のレベルではないかと思う。それは高校生が悪いのではない。演劇教育のシステムを持とうとしなかったわが国では仕方のないことだ。ほとんどの高校生が高校に入ってから演劇のイロハを経験するのである。それにどうやら演劇部の高校生たちはとても忙しい。全国大会を頂点とした各地域の大会に出場するための作品づくりにかなりの手間と時間が割かれている。大会は演劇振興が目的であり、事実相当な成果を上げてもいる。けれども、もしそれ以外に時間が取れるのであれば、たとえ初めはうまくいかなくても、自分たちが楽しめる稽古方法を考え、試せる時間が持てれば、表現の可能性はさらに広がると思う。
 「たるえだ」をはじめ、ここで紹介するトレーニング方法をそのままやる必要はない。自分たちでそうした作業をする際の参考にしてもらいたいと思うのだ。

「たるえだ」の基本

指示を出す人、一人。それ以外の人は横一列に並ぶ。勢いをつけるために音楽をかけるのもいい。
指示を出す人が「たる」と言ったらジャンプ。
「えだ」と言ったらしゃがむ。
――これをできるだけキレよくおこなう。
指示が出ていない時は、その場で「地平線」と呼ばれる走り方をする。

「地平線」
両手をゆっくりと大きく振りながら、ももをできるだけ早く小刻みにあげる。その時腰は上下しない。

アプリケーション

「地平線」に「たる」と「えだ」だけでもできないことはないが、何と言っても「たるえだ」のだいご味は、指示者の出す指示がどれだけイメージ豊富であるかにかかっている。参加者がそのイメージに従ってたっぷりとまたは思いがけなく身体を動かせる指示が出せるとより楽しくなる。そうしたおかずをいくつか紹介する。言うまでもないが、参加者は、指示を出す人のたとえば、「デッドヒート」という言葉でデッドヒートの状態になる。

■デッドヒート
「地平線」は凄い速度で走っていることをその場から動かずに表現している。「地平線」をしながら少し後ろに下がったり、前に出たりすると、他の参加者とデッドヒートしているように見える。下がる人は手を前に出して悔しそうに、前に出る人は胸を張って得意げに走ると面白さが増す。

■油の道
油のまかれた道。つるつるとすべってなかなか思うように走れない。

■飛び石
水溜まり、もしくは川を渡るが、ところどころに石が出ているイメージ、その石から石へと飛んで伝いながら進んでいく。

■爆発
走っている人の前で爆発が起こり、爆風で飛ばされる。勢いよく後ろに飛んで転がる。けがをしないように。
※後ろからの爆発もある。

■ほふく前進
これはその場でというよりは、そのまま前進する。やってみるとわかるが、これを混ぜるときつい。
※ほふく後退はさらにきつい。

■まきびし
道にまかれたまきびしが足に刺さって痛い。が、走る。

■のぼり坂
目線を上にして、ももを高く上げのぼり坂を急ぎ足で勢いよくのぼる。

■くだり坂
のぼり坂の反対というよりは、でこぼこした山道で勢いがついて止まらなくなりながら、くだっていく様子。

「演劇ぶっく」誌 1998年10月号 掲載

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