稽古場日誌

オイディプス@Tokyo 小笠原くみこ 2017/01/28

神託から逃れました

作中「父を殺し、母と交わり子をなす」とオイディプスが授けられる神託は、ただの神話なのだろうか。現代の私たちも実は依然として強固な神託に縛られているのではないか。劇団員が自分にとっての神託を語ります。
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山の手事情社の演出部に所属する小笠原くみこと申します。公演のパンフレットには、演出アシスタントという役割で名前が掲載されています。よく「演出部って、演出アシスタントって、どんなことをしてるんですか?」という質問をいただきます。その場の雰囲気や持ち時間で回答の内容は若干変わりますが、携わる業務の幅が広すぎて一言で答えにくいのが正直なところ。メインの演出家や劇団によっても違うし、何よりも自分自身の目的意識やスペックで大きく変わります。あっさりした回答だと「雑用です」と言ったりも。

この場を借りて、具体的な(珍しい)仕事紹介、兼、自慢話を1つ。

今から10年ほど前。山の手事情社では珍しく外部の演出家を招いて公演をしたことがありました(ポーランド人の演出家!)。照明チェックが一通り終わり、俳優は帰宅したか休憩に入ってしまい現場に不在。しかし、再度照明の確認をしたほうがいいということになりまして、俳優不在の中改めて照明チェックが始まったのですが、俳優の動きやキッカケセリフがないと、照明の切り替わるタイミングが分かりにくく、上手く進行せず現場の空気は徐々に不穏に。そこで私の登場です。照明のキッカケとなる俳優6名分の動きを、片手に台本持ちながらすべて再現。チェシェラック氏(ポーランド人の演出家)から、「ワンダフル!」とお褒めの言葉をいただいたことがありました。(イエイ!!)

そんな私ですが、時々「俳優はやらないんですか?」という質問をいただきます。これは、その場の雰囲気や持ち時間で回答が変わることはありません。

「俳優はやりません」

もし、持ち時間があれば、「昔はやりたいと思ってましたが、今はやりたいと思いません」と答えます。その昔、俳優になりたくて山の手事情社の研修部の門を叩きましたが、その後俳優として劇団に残れませんでした。演出部として残ったものの、5年近くずっとくすぶっていました。少し前にここに掲載された劇団員の名越未央の日誌にありましたが、「私は俳優やれるはず、なれる私がいるはず」という神託がずっと私の中にあるわけです(決して、名越が俳優に向いていないということではないです。念のため)。私と同期で俳優部に入ったメンバーはもちろんのこと、後から入ってくる俳優部の後輩たちにも「なんで私は残れなくてお前は残れるんじゃ!!」と妬みがあったことは否めません。ですが、何のきっかけだったか忘れちゃったんですが、「あ、私俳優向いてないな」とふっと思えたのでした。端的に言うと、俳優がやるべきことを、私は誤解していたんですね。「俳優になれるぞ神託」から逃れて、現在に至ります。

ちなみに、チェシェラック氏の話で書いた俳優6名の再現は、演技の質ではなく、キッカケを覚えていた、というところにお褒めの言葉をいただいた、ということを付け加えておきます。

小笠原くみこ

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若手公演「オイディプス@Tokyo」
2017年2月23日(木)~26日(日)
すみだパークスタジオ倉
公演情報はこちら

Oedipus@Tokyo

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