稽古場日誌

オイディプス@Tokyo 研修生 2017/02/18

わたしの考える“オイディプスAnniversary”

今年度研修生の柏原有里です。
山の手事情社と出会ってから一年が経ちました。
久しぶりに、堂々と悪人でいた一年でした。
悪くないけど、いいとも言えない、そんな一年です。

もうすぐ、若手公演『オイディプス@Tokyo』がはじまります。
なんと先日、幸運にも、稽古の見学をさせていただけたのです。
私がそこで目撃したものは…。

んー…、んむむむ?

この劇団には《暴れ稽古》というものがあります。
とにかく、暴れてみる。暴れまくってみる。どんな暴れかたができるのか、試してみる。
研修生稽古でも経験がありますが、とにかくつらい、しんどい、声が出ない。
なのに、他の人の暴れる姿をみているとなんだか、微笑ましい、いや無意識に笑っている。
とっても恐ろしい稽古なのです。

稽古見学2日目、劇団員のみなさんが暴れている姿を目撃しました。
そして、『オイディプス@Tokyo』の世界に飛び込んでいる姿を目撃しました。
そんな姿をみていて「?」が続出したのです…

裸の人間って素敵なんじゃない?
裸の人間だったら、別のものの存在を生々しくその空間に出現させることができるんじゃない?
その空気感を強めているのが《四畳半》なんじゃない?

ということは…

自分が築き上げてきた城壁を全てぶち壊し、素っ裸にならなければならないってこと?
《暴れ稽古》って、テンションの爆発だけじゃなくて、自分自身を思い出す作業ってこと?
そうだ、こじつけではあるがこう思っておこう。
私たちの中に眠っている衝動を目覚めさせる、すごくむごくて、単純で、ひどい稽古なんだ。そうに違いない。

そして、ふと思いました。
舞台を見上げる自分たちは、
やたらと小さなことを積み重ね、
些細なごまかしを多々繰り返し、
自分をつくっているのだろうな、と。
その過程で、自分自身を忘れ、捏造し、破壊していく。
人間、裸になることはそう簡単ではないのだろうな。
でもきっと、裸になって、自分自身を思い出すことは快感なのだろう、とも思います。
俳優って、そういう快感中毒者なのか…?

オイディプスが眼で見て信じてきた世界、
そこに生きていたのは、オイディプスであって、そうでない者だったのかもしれない。
オイディプス自身の生き方は、眼をつぶしたところから始まったのかもしれない。
これって、オイディプスにとってのAnniversaryじゃない???

そういえば…。
研修生公演『Anniversary』も一ヶ月後に迫ってきているけど、自分、大丈夫なの?
眼、つぶしたほうがいいんじゃない?
ふと、神託と混乱にまみれた自分の世界に直面し、うげげ、と喚きたくなるのでした。

そんなこんなで、『オイディプス@Tokyo』、いまからとてつもなく楽しみです。
そこで出会うオイディプスは、どんなAnniversaryをみせてくれるのだろう。

柏原有里

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