稽古場日誌

テンペスト(2018年) 安田 雅弘 2018/05/20

クライオーヴァのこと

フェスティバルディレクター、エミル・ボロギナ氏と

フェスティバルディレクター、エミル・ボロギナ氏と

 ルーマニアのクライオーヴァに初めて出向いたのは六年前のこと。そこでヨーロッパ有数のシェイクスピア演劇祭が一年おきに開かれている、ということは九年前から知っていた。演劇祭の芸術監督であるボロギナ氏が当劇団の『タイタス・アンドロニカス』をブカレストに見に来てくれたのだ。終演後お会いすると、「すばらしい!」と抱擁され、「新作はないのか?」と尋ねられた。

 どういうことかというと、『タイタス・アンドロニカス』は面白かったけれども、これはすでに国内のシビウ国際演劇祭で初演されている。申し訳ないが、私の演劇祭では国内初演のものしか上演できない、というわけだ。実はこれはシビウでも同じで、ルーマニア国内初演でないと招待してもらえない。

 私たちにとっては今一つ理解に苦しむこの意地の張り合いは、クライオーヴァからすれば「シビウの後塵を拝するわけにはいかない」という強烈なプライドの発露なのである。この辺りが、ルーマニアが演劇の盛んな国である機微と言えるかもしれない。国内のあちこちで、相当規模の有力演劇祭がひしめいている。それぞれの演劇祭はその地方を代表し、「我こそが国内一、あるいは世界一」と宣言することをめざしてしのぎを削っている。

 日本国内では、国立劇場と名のつく劇場は、東京に国立劇場(国立演芸場も含む)・新国立劇場・国立能楽堂があり、大阪に国立文楽劇場、沖縄に国立劇場おきなわがある。細長い列島の三つの都市にしかない。ルーマニア国内にも国立劇場は同じ程度あるが、各地方に点在している。しかも国立劇場だけでなく、地方劇場(日本で言えば県立あるいは市立・区立劇場)にも自治体から予算がついて、それぞれ専属劇団を擁している。働く俳優もスタッフも国、あるいは自治体から給料をもらっているプロだ。これはルーマニアに限ったことではなく、ヨーロッパの国々は総じてそういうシステムの中で演劇活動が運営されている。日本とは全然違うのだ。

 クライオーヴァ演劇祭の特徴は、シェイクスピア作品のみの上演であること、そして世界的な巨匠の作品が毎回呼ばれていることだろう。二年前に訪れた時には、初日が蜷川幸雄氏演出の『リチャード二世』で、千穐楽はドイツのシャウビューネ劇場のトーマス・オスタマイアー演出『リチャード三世』が招待されていた。比較的重要な公演が、初日か千穐楽に行なわれることが多い。その日だけは劇場の広いロビーでパーティが開かれる。今回意外にも、フェスティバルから初日の公演を打診された。けれどもルクセンブルクの公演日程との関係でかなわかった。丁重にお断りすることになったが、うれしかった。

 もう一つ、「国際演劇祭」と銘打っているわけだから当然といえば当然だが、各国のシェイクスピアが集結する。今回地元ルーマニアは各地から、それにポーランド、ブラジル、イギリス、韓国、南アフリカ、ロシアとイギリスの共同制作、ベルギー、オーストラリア、アメリカ、カナダ、それに私たち日本と多彩な顔ぶれだ。

 とは言え、参加劇団の悲しさ、スケジュールの関係で見られるものはごく限られていた。南アフリカの『マクベス』は男優だけの直球勝負の芝居だった。イガグリ頭のマクベス夫人に興味をひかれた。ロシアとイギリスの共同制作は、イギリスのチーク・バイ・ジャール演出で、ロシア語上演の『尺には尺を』だった。こちらはプーシキン劇場の俳優のうまさとオシャレな空気感に圧倒された。

 マリン・ソレスク劇場(クライオーヴァ国立劇場のこと。マリン・ソレスクは地元出身の詩人の名)のメイン会場はキャパシティが六百名。そこで満員の観客相手にシェイクスピアを上演することを六年前からイメージしていたが、今回それがかなった。「よく来た!」というご祝儀の拍手もかなりあったと思うが、客席が総立ちのスタンディング・オベーションの中でのカーテンコールは舞台から見ても結構壮観だった。

安田雅弘

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『テンペスト』ヨーロッパツアー報告会
■日時:2018年8月5日(日)15時~
■会場:大田区民プラザ 展示室
■料金:無料
■予約・問合せ:6月18日(月)予約開始
劇団山の手事情社
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TEL:03-6410-9056
MAIL:info@yamanote-j.org

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