稽古場日誌

仮名手本忠臣蔵 大久保 美智子 2019/02/01

『忠臣蔵』をやりました

昨年末、大田区文化振興協会の主催で区民劇『仮名手本忠臣蔵』を上演しました。私、大久保は演出・安田のもと、演出助手を務めました。その約半年をかいつまんでリポートいたします。

6月、参加者の皆さんと顔合わせ。ほぼ全員と初対面。私よりも先輩の方々が多い現場。新鮮。

7月、8月。キャスティングや、《ルパム》シーン(演劇的なダンスシーン)のあたりをつける。基本的に週末2日間のお稽古。下は高校生から上は70歳以上と年齢も経歴もむちゃむちゃ多彩なメンバー。この頃『忠臣蔵』全段上演って結構大変なのでは? という予感が私を襲う。ほぼ侍しか出てこないこのお話、参加者の男女比は3対7で女子多し。どうするんだろ?
そして私、今ひとつ『忠臣蔵』の面白さが分からない。何か変な話だ。回りくどい。おかしい、私日本人なのに。
キャスティングは大揉めに揉める。鼻血が出そうなほど脳内が混乱する。参加者も多いが役も多い。100くらい役がある。当然二役、三役やる方も出てくる。ってことは、この役数の衣装が必要ってこと? 頭痛がしてくる。

そんな不安をよそに、みなさんは稽古にイキイキと通ってくる。《ルパム》で膝を使うので「お手製のサポーターを作りました!」 という先輩男性、赤穂義士一人一人の似顔絵と名前が入った飴を「見つけたの♡」と嬉々として配るお母さん、勝手に各々で資料集めが始まりいつの間にかそれをまとめて「裏瓦版」なるWEBページを作ってくれる若サラリーマン……。忠臣蔵の世界に少しずつ近づく私たち。

9月は山の手事情社の本公演準備のため、アシスタントの辻川による自主稽古期間。不安が募る自主稽古だったことだろう。しかしその不安は皆さんを結束させていったように思う。

10月の末に本稽古が再開。いよいよ本格的にシーン作りが始まる。シーン数が多いので、安田と分かれて作っていく。「どう動けばいいでしょう?」という問いに「私も分からないので、とりあえず好きにやってみてください」と無茶を振る私。我ながらいい度胸だなと呆れる。しかし好きに動いてもらうと、何か「こうやった方がいい」という導線が見えてくる。それを手掛かりにするしかない。
空いた時間は『忠臣蔵』のお勉強。ご先祖さま達がいかにこのお話を大事にしてきたかがやっと分かってくる。
九段目の稽古で安田から「名こそ惜しけれ」という言葉が出る。なるほど。この登場人物達の回りくどい行動は「名」を惜しんだためなのか。「筋」を共有できた時代に思いを馳せる。やっと『忠臣蔵』の面白さが分かってくる。
衣装プランや美術案などが徐々に上がってくる。時期でいえば決して遅くはないが、なにせ週末しか稽古できない。それを考えると焦る。

11月。もう本番が間近だというのにまだセリフが入らない、《ルパム》が決まらない、参加者が揃わない、などなどの問題が多発。段々「問題に振り回されない」ようになってくる。いちいち動揺していては体がもたない。こちら側の基準を提示、あとは信じて待つ。
遅刻、欠席が常なので、同じく演助の川村が代役を務めることが多くなる。「今日はどうやってくれるかな」と楽しみになる。
無意味に前を向いてセリフを喋るのを嫌って安田から「前を向くな」と司令が出る。みんな混乱。私も混乱。いつまで客席にお尻を向け続けるのか……。一同不安の絶頂。
舞台装置は決まったが、もちろんその中でお稽古できるわけではない。高台がある舞台。結構怖い。稽古場にバミリを引いて、「この範囲で演技してください、ここから階段ですよ」と口を酸っぱくして言うが、皆さん「で?」という感じ。「あの、本当に怪我しますから」「あの、想像してくださいね」と声にならない声を発し続ける私。

12月、やっと皆さんのお尻に火が点き出した。遅い!!! 間に合うのか? 間に合うのか! 毎日目一杯お稽古をつける。それでも時間が足りない。
実際の舞台が組み上がる。しかしそこでやっぱりの事故多発。幸い結果的には深刻な事態に陥らなかったものの、現場ではギリギリの選択を迫られる。段取りの変更、セットの変更が繰り返される。あと一週間あれば……と誰もが思う。本番前に必ず出るこのフレーズ。死ぬ間際も思っていそうで嫌だ。あまりの怖さに辻川が泉岳寺を再訪。お札をもらってくる。最後は神仏頼みだ。どうかどうか、皆さん無事に帰ってきてください。

そして『忠臣蔵』は本番を迎えました。

こんなに恐怖を覚えた本番は初めてかもしれません。しかし皆さんは堂々としていました。そして楽しそうでした。

よかったよかった大団円、とはとても思えませんが、何度も涙が出てきました。必死に無心にやっていることが合わさっていくと、とんでもなく良いシーンになったりします。そんなシーンがいくつかありました。「演劇っていいなあ」と素直に思いました。

これが何かの「種」になるのかどうか。せっかくものすごく擦って点いた火を消さないために私に何ができるのか。考えつつ今過ごしています。

大久保美智子

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