稽古場日誌

あたしのおうち 山本 芳郎 2019/02/13

演劇を始めたころ

日本中が酔っ払っていました。
僕が演劇を始めた当時は世の中はいわゆるバブル景気の真っただ中。
地価は高騰し、消費生活は過熱、たくさんの人が高級車を乗り回し海外旅行やブランド物の服などに刹那的に金をつぎ込んでいました。
「おいしい生活」とかのコピーで有名な糸井重里さんが「くうねるあそぶ」「ほしいものがほしいわ」とかのコピーを出したのもこのころです。

演劇を始めてしまった僕自身はバブルの恩恵はほとんど受けていないのですが、それでもやはり、偏差値高めの大学だった僕のアパートには毎日のように一流企業からの入社概要が大量に送られてきて、ドアの前に自分の身長くらいまで積み上がっていたものでした。
「超売り手市場だ、すぐに就職しなくたって生きていける!」 
そんなふうに思えました。
凄かった、とにかく狂乱の時代でした。

当時の演劇はというと、そんなバブルの高揚した気分と歩調を合わせるように疾走していくスピード感満載のものでした。
演劇は日の当たらない地味なメディアなどではなく、それどころかむしろ、演劇をやることで社会とつながったり、あるいは文化の最先端にいるかのような錯覚を持てた時代でした。

現代において自分が演劇をやる意味とか、社会での演劇の有用性とか、くそまじめに考えて演劇を始めるやつなんてそんなにいなかったと思います。
演劇はすでに社会を牽引していたし、企業も積極的にお金を出していました(全部、錯覚なのですが)。
なんとなく面白そう、なんか楽しそう、女にモテそう……。
将来の不安みたいなものはなく、とにかく何とかなる的な気分が蔓延していました。
そんな軽い気分に流される感じで、なんとなく僕は演劇の世界に足を踏み入れたのでした。

そういう僕に比べたら、今演劇を始めようとする研修生や劇団の若い後輩たちは一体どんなことを考えてわざわざ演劇を始めたのだろうか?
僕にはとても興味があります。
時代の気分に流されてなんとなく飛び込む世界でもないし、普通に考えたら人生を棒にふるかもしれない選択です。
もしかしたら、当時の僕なんかよりは演劇をやらずにはいられない自分というものをしっかり自覚しているのかもしれません。

糸井重里さんのコピーを真似するなら「やりたいことがやりたいわ」ということになるのでしょうか。
ただ「ほしいものがほしいわ」のコピーには欲しいものが果てしなく増えていき何でも手に入りそうなバブルな響きが感じられます。
一方、「やりたいことがやりたいわ」にはやりたいことが見つからない時代にあえて自分を見つめてみると演劇の世界にたどり着いた、というようなちょっと内省的な響きが感じられます。
一回きりの人生なんだからホントに自分がやりたいと思うことをやろうという決意が見えます。

くりかえしますが、僕はなーんにも考えていませんでした。
まあ僕自身は最初の入口はそれでもいいんじゃないかと思っているのですが。

それはさておき、研修生修了公演『あたしのおうち』はそんな自分をしっかり見つめる人たちの話になるんじゃないかと勝手に想像しています。
「やりたいことがやりたい」姿を存分に見せてほしいです。
楽しみです。

山本芳郎

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あたしのおうち

2018年度研修プログラム修了公演『あたしのおうち』
日程:2019年3月6日(水)~10日(日)
会場:大森山王FOREST
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2019年度研修プログラム「俳優になるための年間ワークショップ」
オーディション開催中
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