稽古場日誌

あたしのおうち 安田 雅弘 2019/02/17

きっかけ

演劇は、いつの間にか自分の職業になっている。でも高校で出会うまで、ボクの「演劇」のとらえ方は、普通の日本人と大差なかった。
「よく知らない」
「別になくても困らない」
「どうせつまらないんでしょ、ほらやっぱり」
そんな感じ。

中学の文化祭で女子生徒だけの『ハムレット』を、全生徒強制的に見るはめになり、心底つまらないものだと懲りたおぼえがある。もっとも今思い返せば、中学生でありながらシェイクスピアの四大悲劇を取り上げる意気込みだけでも見上げたものだ。それに彼女らは、専門家となった今考えると精一杯あの大作に取り組んでいた。たいしたもんだよ。
クラスメート演じるポローニアスが殺されるのを見て、客席の仲間は退屈まぎれにやんやの快哉を叫び、ボクも便乗しました。
ほんとにすみませんでした!

高校一年の秋、「記念祭」という名のいわゆる文化祭があり、クラスで参加しよう、という若者にありがちな無責任な機運が高まった。
無責任というのは、その気分を盛り上げた中心にいた連中が最終的には部活動などを理由に何もしなかったからだ。
ま、それはいい。
その無責任な機運のせいでボクは「クラス代表」を仰せつかる(押しつけられる)。「映画」を撮らない? というボクの提案はあっけなくスルーされ、無責任な雰囲気の中でクラスの出し物は「演劇」になった。思えば幼稚な知性たちは、映画よりも、未知の演劇という領域に無知なるがゆえに好奇心を持ったのだろう。
バカどもが!

その無責任と無知がボクの人生をここまで導いた。
とは言わないが、きっかけにはなった。
クラスは、「議長」だったボクの意向などまったく無視して(「クラス代表」などというものは、面倒な雑事を押しつけられるだけの役割にすぎないとわかってはいたつもりだったが、あそこまでとは)、なんとシェイクスピアの『夏の夜の夢』をやることに決した。
夏休みのある日、電話がかかってきた。クラス参加の実質的な首脳部メンバーたちからだった。つまり本質的な「クラス代表」ね。
「安田、今すぐ渋谷に来い」
「何で?」
「『夏の夜の夢』の公演がある」
「オレはいいよ(正直どうでもいいし、めんどくさい)」
「お前『代表』だろう」
自分に過剰に備わった「尻ぬぐいする責任感」をこれほどうらんだことはない。その義務感だけでボクは重い足をひきずって渋谷におもむき、聞いたこともない地下の劇場にいざなわれた。というか拉致連行された。
「ジァン・ジァン」という伝説のライブハウスである。
シェイクスピア・シアターの『夏の夜の夢』(出口典雄 演出)。
開演前、おもむろに舞台の掃除が始まる(実は役者)。その存在を打ち消すように飛び出してくる数人の大哄笑。宮廷の場面が始まる。そんなびっくりする幕開けと、「ジーパンシェイクスピア」と称されたカジュアルな衣裳と、椅子ていどの簡易な道具。そしてうしろには大迫力の生バンドが控えている。
これが面白かったんですね。
「へぇ、こんな世界があるんだ。いいねぇ。みんな頑張ってくれ」

ところが彼らがボクを呼び出したのには、もう一つねらいがあった。
例の運動部の活動で抜けた無責任キャストの代わりをボクにやらせようというのだ。
ここでまた「尻ぬぐいする責任感」で身動きがとれなくなったボクは、帰途、うかれた人々でにぎわう渋谷の公園通りで「パック」役を引き受けるはめになった。
ボクは今でもそうだが、人前に出るのが本当に苦手だ。だから傍で見ていればやりすごせそうな「映画」にしようと言ったのに。

ま、これが「演劇」を始めさせられたきっかけだ。
職業に至るまでには、その後少々波瀾の紆余曲折があるものの、それは機会があるようでしたらまた話します。

ちなみにこのパックで、ボクには俳優の才能が全くないことが皆の知るところとなる。
公演を終えて帰宅すると、観劇した母は「今回かぎりにしなさいね」とやさしく、しかしはっきりと告げた。

振り返ってみると、ボクの「演劇」へのきっかけは落ち着かなかった。ワサワサざわざわしていた。
一方『あたしのおうち』に取り組む研修生たちは違う。連日稽古場でギャーギャーどたんばたんする様子が、事務所で仕事をするボクに聞こえては来るが、彼らはその喧騒の中で、自分をじっくり見詰め、自分ととっくり向き合う時間を過ごしているのだ。うらやましい。

ぜひその成果を目撃にいらしてほしいと思います。

安田雅弘

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あたしのおうち

2018年度研修プログラム修了公演『あたしのおうち』
日程:2019年3月6日(水)~10日(日)
会場:大森山王FOREST
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2019年度研修プログラム「俳優になるための年間ワークショップ」
オーディション開催中
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