稽古場日誌

日常生活にも悲劇的な出来事はある。

女性専用車に間違って乗ってしまったときに味わう感覚はちょっとした悲劇だ。

気がついたとき電車がホームに止まっていればすぐに降りられるけど、電車が走りだしていたら次の駅に到着するまでじっと我慢、というか何食わぬ顔をして目を伏せてないといけない。

そのときに感じる得体の知れない苦しみ。
まるで全身の毛穴が閉じて呼吸を止められているようで、血の気がひいていき、お腹の方から黄色い液体が上がってくるような気持ち悪さ。

スケールの小さい悲劇かもしれないが、本人にとってみれば一大事だ。

それにしても、周りの女性たちから向けられる、
あの汚いおぞましいものでも見るかのような排斥的な視線はなんだろう。

「えーっ! ちょっと信じられない! 誰なの! 非常識!」

ちょっと間違っただけなのに、まるで犯罪者であると言わんばかりの視線だ。マナー違反に対する視線以上の、明らかに過剰な「異物」に対する視線なのだ。

たいていみんな眉間に皺がよっている。

まあ、悪いのはこっちだし、その女性たち一人ひとりを憎むわけじゃない、念のため。

でも「タイタス・アンドロニカス」のような憎み合いの物語の芝居を作っていると、
そういう世の中の過剰な視線って案外人間の奥深い本能に根ざしている部分もあるのかなと思ってしまう。

山本芳郎

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『タイタス・アンドロニカス』『女殺油地獄』、両作品が「悲劇」であることにちなんで、「私と悲劇」をテーマにした稽古場日誌を連載中です。
それぞれの生活感あふれる「悲劇」をどうぞお楽しみください。

『タイタス・アンドロニカス』『女殺油地獄』公演情報
https://www.yamanote-j.org/performance/7207.html

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