稽古場日誌
タイタス・アンドロニカス/女殺油地獄 岩淵 吉能 2015/10/15
稽古が終わった。仲間といい酒を呑んだ。ほろ酔いで終電に乗った。
目が覚めた。見覚えのない駅に着いた。
悲劇は突如やってくる。
歩いた。2時間弱歩いた。アパートまであと30分。
鍵がない。アパートの鍵がない。
悲劇は突如やってくる。
悲劇は重なる。
落ち着け、俺。コンビニのトイレにこもった。
アパートは2階。ベランダから入るか、小窓か。それとも野宿か。
かたっぱしから連絡した。誰もつかまらなかった。
家に着いた。アパート外観を改めて眺めた。白い。高い。引っかかりがない。
ベランダには駐輪場の屋根からが近そうだ。
玄関へ行った。暗かった。ポケットをまさぐった。携帯をコンビニに置いてきた。
悲劇は突如やってくる。
悲劇は重なる。
これでもかと重なる。
往復1時間コンビニから再び家に着いた。駐輪場の屋根へ登った。隣のマンションから人の足音が聞こえた。
悲劇は突如やってくる。
悲劇は人を獣に変える。
屋根に突っ伏した。息を殺した。まるで猫のようだった。
気配がなくなるのを待った。雨が降ってきた。
悲劇は突如やってくる。
悲劇は自然も味方にする。
悲劇はとことん追い詰める。
物音一つ立てず屋根から降りた。まるで猫のようだった。
もはや呆然。すでに唖然。こころもからだも冷え切ってただただ空を仰いだ。
隣マンション1階リフォーム店、裏口には無造作に置かれた脚立。
脚立を拝借。ベランダから侵入。何事もなかったかのように戻した。
数々の家で活躍したであろう用済みの脚立。
神々しいほどの輝きを放っていたような気がした。
悲劇は突如やってくる。
悲劇は見る目を変える。
ある夜の、
悲劇のようで、
喜劇のようで、
劇的のような話。
岩淵吉能
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『タイタス・アンドロニカス』『女殺油地獄』、両作品が「悲劇」であることにちなんで、「私と悲劇」をテーマにした稽古場日誌を連載中です。
それぞれの生活感あふれる「悲劇」をどうぞお楽しみください。
『タイタス・アンドロニカス』『女殺油地獄』公演情報
https://www.yamanote-j.org/performance/7207.html