稽古場日誌

稽古が終わった。仲間といい酒を呑んだ。ほろ酔いで終電に乗った。
目が覚めた。見覚えのない駅に着いた。

 悲劇は突如やってくる。

歩いた。2時間弱歩いた。アパートまであと30分。
鍵がない。アパートの鍵がない。

 悲劇は突如やってくる。
 悲劇は重なる。
 
落ち着け、俺。コンビニのトイレにこもった。
アパートは2階。ベランダから入るか、小窓か。それとも野宿か。
かたっぱしから連絡した。誰もつかまらなかった。

家に着いた。アパート外観を改めて眺めた。白い。高い。引っかかりがない。
ベランダには駐輪場の屋根からが近そうだ。
玄関へ行った。暗かった。ポケットをまさぐった。携帯をコンビニに置いてきた。
 
 悲劇は突如やってくる。
 悲劇は重なる。
 これでもかと重なる。
 
往復1時間コンビニから再び家に着いた。駐輪場の屋根へ登った。隣のマンションから人の足音が聞こえた。
 
 悲劇は突如やってくる。
 悲劇は人を獣に変える。
 
屋根に突っ伏した。息を殺した。まるで猫のようだった。
気配がなくなるのを待った。雨が降ってきた。
 
 悲劇は突如やってくる。
 悲劇は自然も味方にする。
 悲劇はとことん追い詰める。
 
物音一つ立てず屋根から降りた。まるで猫のようだった。
 
もはや呆然。すでに唖然。こころもからだも冷え切ってただただ空を仰いだ。
 
隣マンション1階リフォーム店、裏口には無造作に置かれた脚立。
脚立を拝借。ベランダから侵入。何事もなかったかのように戻した。
数々の家で活躍したであろう用済みの脚立。
神々しいほどの輝きを放っていたような気がした。
 
 悲劇は突如やってくる。
 悲劇は見る目を変える。
 
ある夜の、
悲劇のようで、
喜劇のようで、
劇的のような話。

岩淵吉能

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『タイタス・アンドロニカス』『女殺油地獄』、両作品が「悲劇」であることにちなんで、「私と悲劇」をテーマにした稽古場日誌を連載中です。
それぞれの生活感あふれる「悲劇」をどうぞお楽しみください。

『タイタス・アンドロニカス』『女殺油地獄』公演情報
https://www.yamanote-j.org/performance/7207.html

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