13/01/21

パリWS

1月21日UP 番外編日誌                                                        パリ/ワークショップ バニュ氏(`12年11月21日)

連日の曇り空。晴れ渡った冬の東京に慣れている者には、ちとつらい。一瞬陽が出たと思うと、すぐどんよりに戻る。朝8:00だというのに薄暗い。夏、真っ裸になってでも、思い切り陽を浴びておかないと冬ビタミン不足になってしまう、というのもうなずける。

ワークショップは11:00開始。自炊の野菜スープと石のように固くなったフランスパンの食事をし、準備にとりかかる。内容は初日から変わらない。徐々にバリエーションを増やしたり、深めたりする。
感情に合わせてポーズを作る《2拍子》。今日は少し暴れてもらおう。喜びでも怒りでもいい、ボクが手を叩いたらそのポーズの感情を膨らませて思いきり動いてみて。
順番にやらせるが、なかなかのってこない。ある程度以上盛り上がらず、膠着状態になる。恥ずかしがって途中で勝手に集中を切り、やめてしまう奴がいて、驚く。「これはたまらん」みたいなことをフランス語で呟いている。「できないと言ってます」と通訳のドォミニックさん。

できないだぁ? できるかできないか、やったこともないクセに勝手に判断するな。自分の感情がどこまでのものか、お前のしょぼい自意識で把握できるほど人間は単純じゃないぞ。限界に挑戦する情熱も持たずに、恥ずかしがる資格を国家から保障されてるとでもいうのか。思い上がりもたいがいにしろ、バカ。
ドォミニックさんは心得ている。全ては訳さない。
「安田氏は思い切りやれ、と励ましています」。
男優のエリがかがみこんで、床に手を着く。
「気分が悪いんで、少し休んでいいですか?」
トホホ。何だこのモヤシども。
初日の《マッサージ》で泣き出したエヴァはその後体調が戻らず、全休。出来ない度合いは変わらないものの、根性があるだけシビウの俳優たちはすぐれていたのか。異国でルーマニアの連中を見直す。いやしかし、いいのか国家俳優がこんなレベルで。

13:00過ぎに食事休憩。食堂でジョルジュ・バニュ氏が待っていた。お久しぶりです。ルーマニア出身、パリ在住の氏は、元ソルボンヌ大学の教授で、演劇評論家。
この演劇評論家という職業、日本以外の先進国では非常に影響力を持っている。彼らの評価が作品の成否を社会的に定着させる、と言えばわかるだろうか。観客の入りに直接影響するし、作り手にとっては、来シーズンのスケジュールを決定づける可能性さえある。つまり作品のできがいいか悪いか、演出家や作家や俳優が買いか売りか、成長株なのか、安定したベテランなのか、巨匠の域なのか、そろそろ落ち目なのか。具体的な評価軸として存在している。演劇が日本よりはるかに社会に溶け込んでいるから相対的に演劇評論家の立場も重くなるわけだ。決して日本の評論家の先生方の水準が低いわけではない。

バニュ氏の知己を得たのは2009年のシビウ国際演劇祭。ボクらはシェイクスピアの「タイタス・アンドロニカス」を上演し、思いがけない高い評価を受けたが、その一端は間違いなく氏が担ってくれていた。彼の評価のおかげで、翌年翌々年の連続招待へとつながり、国立ラドゥ・スタンカ劇場で「女殺油地獄」の演出をするという成り行きに発展したのだ、と思う。
「『女殺油地獄』のできは?」
「まあ、何とか」
「安田くん、パリで公演しなさいよ」
そっか、おそらく今回のワークショップは、彼のお声がかりだったのだ。最初からそう言ってくれれば、余計な気をもまずに済んだのに。

午後。チェーホフ「かもめ」を材料に、受講生に5分程度のシーンを作ってもらう。最終幕、主要登場人物トレープレフとニーナの、若い男女の切ない場面だ。パリに住む受講生、当然のことながら数多くのすぐれた舞台に接していて、面白いアイデアの発表をしてくれる。トレープレフがニーナの腹の肌に「かもめ」と書きつけるもの。椅子で囲った監獄に閉じ込められたトレープレフに会いに来るニーナというもの。トレープレフの書いた原稿がセリフになっているもの。しかし、どうもぴんと来ない。頭で考えていて肚に来ない、というか見ているこちらの魂が一向に揺さぶられない。
「チェーホフが『かもめ』を喜劇と考えたのはなぜだろう?」と尋ねてみる。
ごたくを並べるものの要領を得ない。
「『かもめ』って喜劇なんですか?」という質問。
「少なくともチェーホフはそう書いているよね」
「その文章を読んでいないのでわからないのですが…」
「文章もくそもない。表紙の題名の脇に書いてあるよ『喜劇四幕』って」
「あ、ほんとだ」
その辺のウカツさ加減が普段つきあっている日本の学生を連想させて思わず苦笑してしまう。もっとも日本の大学の演劇科の連中はほとんどチェーホフなど知らない。ロシアの作家だからではない、近松門左衛門だって知らないんだから。どうしたもんかな…。この地まで来て日本の演劇教育を思うか。

(文中のジョルジュ・バニュ氏の写真は手元にないが、
「George Banu」で検索すると出てくる、髭とメガネの好々爺です)

安田雅弘


※写真説明

1枚目
腹に「かもめ」と書いた、
レナ(左)とエリ。

2枚目
椅子の監獄、
ピエール(左)とオロール。

3枚目
打合せ中の
マイリス(左)、ムスタファ、ロマン。

13/01/17

パリWS

1月17日UP 番外編日誌                                                        パリ/ワークショップ 初日(`12年11月19日)

受講生は8名。男女4名ずつ。国立コンセルヴァトワールの卒業生。現役学生でなく、卒業後2、3年のプロで活躍中の面々。依頼のあったマスタークラスのワークショップとはそういう意味だったらしい。彼らが超エリートであることは前回書いたが、卒業後3年間は、コンセルヴァトワール卒業生だけが所属できるプロダクションから仕事を斡旋してもらえる。演劇で食べて行くことを国家が保障する。文化に力を入れるというのは、そこまですることなのだ。

企画者ジャンフランソワ氏は
「安田さん、受講生が減ってしまって申し訳ない」と、詫びるがとんでもない。
当初20人と言われていた。が、20人も来た日にゃ面倒見切れない。ルーマニアで懲りてます。少ない方がいい。もっと減りませんかね。

コンセルヴァトワールのカリキュラムは伝統的な方法と内容に偏りすぎてはいないか。価値観が多様化したこの時代、今までのやり方にこだわるあまり、フランス演劇は相対的にパワーダウンしているのではないか。という危惧があるようで、演劇教育では定評のあるパリ第8大学と組んで、ヒヨっ子のプロ俳優たちに世界にはいろいろな演劇があり、つまり芝居のとらえ方があり、同時にさまざまな訓練方法があるのだ、ということを伝えようという趣旨のようだ。

毎日6時間。初日の今日は13:00開始。日によって11:00開始の日もある。まずは1階の会議室でコーヒーを飲みながらガイダンス。受講生に自己紹介してもらう。通訳はドォミニックさんという女性。三島由紀夫の翻訳もされた経験豊富な方。しゃべりは日本人と変わらない。《四畳半》は、なじみのない方法論なので劇団公演の映像をダイジェストを見てもらう。無言。まずい、軽く挑発するつもりだったのが、薬が効きすぎてびびってしまった。ほぐすはずが逆効果。それにしても受講生の数を上回るオブザーバー。大学の研究者や評論家たちというが、ビデオカメラですべて記録し、さかんにメモを取っている。東洋の一風変わった演劇手法の秘密を(そんなものないのだが)一片たりとももらすまいという気迫。受講生たちよりテンション高いぞ。妙な空気だ。

2階のアトリエに移動して、いよいよ実技。まず掃除。第七劇場主宰の演出家・鳴海康平氏が雑巾がけの手本を示してくれる。鳴海くんは現在パリに留学中。連絡を取ったらぜひ見学したいとのことだったので、いやいっそ手伝ってとお願いした。受講生たちは雑巾がけに異国情緒を感じるらしく、興味深げ。時々転がりながら楽しんでいる。
《鬼ごっこ》で身体をほぐしたのちに《マッサージ》。「こんなのやったことある?」と、男優エリの肩甲骨の裏側に手を入れると、エヴァが真っ青になり泣きだした。信じられない光景のようだ。その後彼女は横になり、早退。痛いことしてるわけじゃなし、随分とウブだな。《発声》を見た後は、《スローモーション歩行》、感情に合わせてポーズを取る《2拍子》など、《四畳半》の基礎稽古を行なう。今までこうした身体への意識を全く持ったことがない様子。
逆に身体訓練ってどんなことやってるの? 尋ねるが要領を得ない。フェンシング? ふぅん。モリエールの上演には必要か。ルーブル博物館の脇にコメディ・フランセーズという国立劇場があり、所属劇団員はコンセルヴァトワール出身者で占められている。日替わりでモリエールの作品が上演され、それがまぁフランスの古典、日本でいう歌舞伎や能楽に当たる。

メニューの最後にチェーホフの「かもめ」を読む。それが今回のワークショップの共通課題だ。同じテキストで演出家のそれぞれのアプローチを比較してもらう。今まで2週間やってきた割には読みなれていない。明日はもう少し感情を入れて読んでもらうよ。
6時間はあっという間だった。

安田雅弘


※写真説明

1枚目
通訳のドォミニックさん(右側)と
鳴海康平氏。


2枚目
「アルタ」2階のアトリエ。
簡単な公演ならできる広さ。


3枚目
準備運動をするエリ。

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安田雅弘 ゲスト出演!
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13/01/14

パリWS

1月14日UP 番外編日誌                                                        パリ/ワークショップへ(`12年11月14日)

突然、パリでワークショップをやることになった。
「アルタ」という学校なのか施設なのか、よくわからない所からの依頼。国立コンセルヴァトワール(高等演劇学校)の学生を対象としたマスタークラス、とメールにある。

――何かのお間違いではないでしょうか?
いいえ、あなたにお願いしました。
――パリはおろかフランスでは公演したこともありません。
DVDで拝見しました。
――《四畳半》という変わった様式で進めますよ?
それを、ぜひ。
――パリは不案内で…
空港までお迎えにあがります。

国立コンセルヴァトワールという学校はちょっと想像しにくい。そもそもコンセルヴァトワールは文化や環境の保全を目的とした組織の総称だが、演劇でいえば、国立はパリとリヨンとストラスブール3ヵ所だけで、定員は毎年30名。受験者は3,000人という超狭き門。全員の実技を見る一次試験は35人の審査員が3週間半かけて二次試験の160名に絞るというから、日本では想像できないような労力をかけて国家の演劇エリートを選抜していることになる。文化に力を入れているというのは、こういうことなのである。国立のほかに県立、区立のものもある。
他のワークショップ講師を見ると、国立コンセルヴァトワールの校長先生、ヨーロッパで活躍する演出家、そして三番目がボクだ。怪しげな企画ではなさそうだし、航空チケットも送られてくるし、11月の早朝、シャルル・ド・ゴール空港に着いた。

会場の「アルタ」はここを運営するジャンフランソワ氏の私設アトリエという印象(実際はもう少し複雑らしい)。氏は演劇教育では定評のあるパリ第8大学の教授で、太陽劇団の元俳優だ。太陽劇団はアリアーヌ・ムニューシキンという女性演出家が主宰する1964年創立の、とってもユニークで世界的に有名な劇団だ。
「演劇にしかできないこと」と
「劇団員の平等な権利」を追求する。
活動趣旨は山の手事情社にとても近い。
2001年に来日して、新国立劇場で「堤防の上の鼓手」を上演した。パリ南東の郊外ヴァンセンヌの森に本拠地を構えていて、「アルタ」もその中にある。

空港からヴァンセンヌの森の中の「カートッシェリー」という「アルタ」のある場所へ直行。カートッシェリーは「薬莢」のことらしい。英語ならカートリッジ。何か意味があるんですか? とジャンフランソワ氏に尋ねたが、「ないです」とのこと。そんなわけなかろう。地図を見ればヴァンセンヌの森には軍の施設が広がっている。弾薬工場か弾薬庫でもあったに違いない。ま、どうでもいいが。
「アルタ」は2階建ての一軒家で、1階にオフィス、会議室兼資料室、食堂、台所があり、2階にアトリエと宿泊施設がある。
アジアやアフリカなどからさまざまなゲストを呼び、ワークショップを開催しているようだ。演劇の題材を世界中に求める太陽劇団の影響が濃い。日本からは狂言の茂山家の方々がよく訪れているとのこと。
「日本の現代劇の演出家を呼ぶのは初めてです」。

2階のアトリエを通って、ドア1枚隔てた宿泊室に入る。部屋を出ればワークショップ会場というわけだ。
「買い出しに行きましょう」とジャンフランソワ氏。
「えっ?」
「台所に鍋もスパイスも揃ってる」
「はぁ…」
自炊、ということらしい。聞いてない。近所には食堂もスーパーもカフェもない。最寄りの駅は歩いて30分。ビール1本買うにも往復1時間歩くか、時々来るバスに乗るしかない。
レシピを思い浮かべる間もなく、勧められるままに大量の野菜を買って戻ると、
「これが、鍵。アラームのスイッチはここですから、また明日」と、帰ってしまった。
えっボク1人? 周りに人の気配はない。静かな場所で思う存分お仕事をなすってください。お邪魔はいたしません、ということなのだろうが、寂しすぎる。窓から隣の建物が見える。乗馬用の馬小屋からにたくさんの馬が顔を出している。聞こえてくるのは、いななきとひずめで壁を蹴る音。
地図上はパリだ。しかし、これ、パリじゃないだろ。


※写真説明

1枚目
右側がジャンフランソワ氏。
もう一人は受講生のマイリス。


2枚目
「アルタ」2階の宿泊室。
広さは十分。


3枚目
「アルタ」から見える厩舎。
乗馬する人たちの上半身が認められる。



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安田雅弘 ゲスト出演!
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