11/05/31

傾城反魂香/ルーマニア

ルーマニアに到着した練習魔達

電車・飛行機・バスを乗りつぎ約24時間。
長い長い道のりを経てようやくルーマニアの都市・シビウに到着した。
心待ちにした都市にも関わらず、チーム「傾城反魂香」は疲労の為笑顔が消えうせていた。

とにかく長い。
私は飛行機の中で一睡もできず、生まれて初めて完全なる徹夜をしてしまった。
シビウに到着したのが現地時間7時。
そしてその日の稽古開始時間が14時。
自分でいうのもなんだけれども山の手事情社は真面目だ。
…と思う。
ひとりひとりがとにかく練習魔という印象。

7時の時点で歩く屍状態だったにも関わらず14時に再会したときはみんな水を与えられた植物のように元気を取り戻していた。
アドレナリン全開!
時差なんて関係ない!!
海外になにを恐れる!!!

凄い。
モロに時差ボケになり朦朧とする頭で私は思った。
今、チーム「傾城反魂香」を支えているのは最早気合。
言ってりゃ何とかなる、やってりゃ何とかなるの世界。
スポ根だね(死語だね)。

稽古場が変わったのにも関わらず日本での感覚をすぐに取り戻す俳優達。
実際のところは本番を2日後に控え時差だの、環境が違うだの言ってられない、というのが正直なところ。
現に稽古場を終えたチーム「傾城反魂香」は、また歩く屍にと化し滞在先のホテルにゾロゾロと帰っていった。
オンオフの切り替えにも定評があるという山の手事情社(嘘です)しばしの休息の後また稽古が始まる。
海を飛び越えても朝はやってくる。
あと2日。
ルーマニアにはスポ根はさすがにないだろう。

村田明香

11/05/29

傾城反魂香/ルーマニア

人類の財産

今回の『傾城反魂香』は私たちにとって、
初めての作品ではないものの、
海外フェスティバルの
不特定多数の観客に見せるものとして考えた場合、
改めていろいろと考えなおさなければならない点があり、
稽古場は、試行錯誤の連続です。
もっともそれが私たちにとっては、
表現を考える上できわめて有用な機会であり、
ルーマニア・ツアーを続けている
大きな理由の一つということになります。

もう十年以上やりつづけている作品ですが、
改めて台本から検討し、修正改稿し、
演技や役作りについても、
一から作り直しています。

一昨年の『タイタス・アンドロニカス』や、
昨年の『オイディプス王』のように、
シェイクスピアやギリシア悲劇であれば、
ヨーロッパで知らない人はいません。
しかし近松門左衛門となるとまったくの無名です。
私たちが面白いと思っていることが、
果たしてルーマニアの人々に通じるのか。
日本人には海外に輸出するような、
思想なり哲学なり、人間の美しいあり方が、
本当にあるのか、ということが問われます。

それは今回の大震災でも実は問われたことだと思います。

大災害に見舞われた際、
人道的に援助の手は差し伸べられるでしょうし、
またそうすべきだと思いますが、
同時に、果たしてこの地に今後人類にとって、
財産となるべきものがあるのだろうか、
という冷厳な視線があることも、
私たちは承知しておかなければならないと思います。

現代の日本に人類にとって普遍的な
ものの考え方やとらえかた、
判断の仕方や行動のあり方があるのか、
実は今、重大な局面を迎えているのではないでしょうか。

あまりにもかつての日本人がたたえていた美風を失っていることに
うすうす気づいていたからこそ、
「がんばろう、日本!」が
場合によっては、そらぞらしく感じられるほど
盛り上がっているのではないかと感じています。

近松門左衛門の作品の中には、
日本人が古代から長い時間かけて育んできた、
人々の美しさがちりばめられています。
みな、弱く、悲しい人々ばかりです。
にもかかわらず、皆人間的魅力にあふれ、
愛おしく感じられます。

それは普遍的で人類の財産となるにふさわしい
人々の群像なのではないかと感じています。
どこまでできるかわかりませんが、
トヨタやソニー、アニメやゲームだけでなく、
日本には世界に輸出可能な、誇るべき思想や行動規範があることを
広く伝えられればと思っています。

帰国しましたら、改めてご報告したいと思います。

行ってまいります。

安田雅弘

11/05/28

傾城反魂香/ルーマニア

取り返せるか

稽古場からの帰り道。
ちょうど中間地点で自転車の後輪のタイヤがパンク。
残り7キロ。雨。衣裳やメイク道具で大荷物。
自転車を押し家まで1時間歩く。
寒い。風呂に入らなくては…と思いながらも体が動かない。
TVを点けると「今日の答え合わせ占い」。最下位。
「取り返しのつかない失敗をしてしまった日。注意力散漫が原因。」
注意力散漫…取り返しのつかない失敗…そのまま意識を失う。
メイクしたまま明け方まで寝てしまった。
41歳のお肌に取り返しのつかない失敗であった。

客演させて頂いているSCOTの演出家・鈴木忠志氏は、
間もなく72歳になられるというのに、一旦集中状態に入ると止まらない。
やっと終わった…と時計を見ると、夜中の1時、なんてことは珍しくない。
昔は4時、5時、もザラだったというから恐れ入る。

凄いのは、その間休憩を挟まないことだ。
5分休憩、ちょっとタバコ、なんて無い。
出ている役者はもちろんトイレにも行けないし、水も飲めない。
ひたすら何時間も忠さんに引っぱられ、集中し続ける。
下手をすると、ずっと正座しっ放し、とか、立膝のまま、とか、
ベテランさんは上手く体を扱うコツを掴んでいるようだが、
私などは立ち上がれずにコケたり、
痺れたまま飛びおりて捻挫したり、
テンヤワンヤである。

しかし、そうやってバカみたいに集中し続けると、
役が体に憑いてくる感覚がある。
2年前は野外劇場のセットの廃車の中だった。
微かな練炭のにおいとカビ臭さ。
車内にはパンティが干され、マッチョな男性のポスター。
暑さも雨も、湿度も虫も、日差しも闇も、マッチョもパンティも、
全部自分の中に溜まっていった。

忠さんはよく「棲む」という言葉を使う。
役に棲み込む。空間に棲み込む。廃車に棲み込む。
それは、今まで私が考えていた役作りとは、一段違った深度であった。

東京でその深度を求めるのは難しい。
時間は細切れに進んでいく。
雑事雑念に体が拡散していくのが分かる。
ウカウカと役の表面をやっている気がして
何とも居心地が悪い。

シビウでの初日まであと一週間。
つっこめ私。

大久保美智子

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