06/10/05
「斬!」
私、あれ食べたことあるわ。まだ小さかったころ。
ううん、目はとてもいいんだ、お寺の時計の字だって見えるよ。
光は人間の見方ですからね。
誠実にそして勇気をもって私たちのつとめを果たさなければ・・
もうずっと時間のことなんか考えなかった。
じゃあ青い鳥はここに隠れているんだ。
私たちの秘密を知っているたったひとつのもの・・
犬はみんなとあまり仲がよくない。
不幸たちは幸福の花園のすぐ隣に住んでいてね・・
生まれるっていいことなの?
どうも、山本芳郎でございます。
これらの言葉は、今回の「青い鳥」の本番で日の目を見なかったセリフの一部です。
今日は<恒例の>セリフカットが行われました。芝居を通してみて上演時間が予定よりも長くなるようだと、無駄なセリフはバッサバッサと切り捨てられていきます。冗漫な部分をできるだけすっきりとしてテンポをとりもどし、言葉が多く説明的なところを言葉をしぼって密度を濃くします。
長いからといってダメなわけではありませんが、山の手の芝居は一応90分と決まっています。90分という時間の中に、一定の長さの時間ではとても押し込めることが出来ないドラマを凝縮して作品化します。
そもそも言葉と肉体では到底表現しきれないものを、言葉と肉体でもって表現しようとするのが演劇。
なので、時間というものの制約とコントロールはどうしても必要になってくるんですなあ。
そうなると今後の役者の仕事はいわば生まれてこなかったセリフの水子たちの供養ということになります。
きっと山の手の俳優陣は、豊かな表現力と肉体でもってセリフの「行間」を見事に語ってくれることでしょう。
幸せの青い鳥は日の光の中では死んでしまいますが、セリフの水子は本番の舞台で観客の想像力の中で必ず日の目を見るはずです。
今回の「青い鳥」は山の手の集団力と創造力と想像力を駆使した作品です。ご期待ください。