13/07/29

道成寺/モルドヴァ・ルーマニア

「道成寺」ブカレスト報告/安田雅弘(7月29日UP)

ルーマニアの首都ブカレスト。
6月19日(水)。19:05開演。
2日前の17日に、シビウからブカレストまで移動。バスで6時間。
モルドヴァの首都キシノウからシビウまでが、バスで12時間だったから、半分ね。
と高をくくっていたら、豈図らんや、移動バスがウチだけでなく、アカペラの団体、評論家の一行も乗せてブカレストに向かうという話になり、急遽美術を一部解体してバスの客席を空ける。満員状態。

乗り合いになったアカペラ団体というのは、15日に行なわれた「シビウ国際演劇祭20周年」を祝う表彰式で、式典に先立って、会場を盛り上げる曲を披露したグループだった。
この表彰式はルーマニア全土に生中継され、アカデミー賞かトニー賞か、というような派手な演出だった。ほとんどの出席者はビシッと正装でキメている。何台もあるカメラの映像が舞台、客席と次々に切りかえられ、舞台上の巨大モニターに映し出される。気の利いたことを言ってる風の司会者。
「道成寺」を見に来る予定だった俳優たちも手伝いに駆り出されたようで、「昨日急に呼び出しをくって…。見に行けなくて、すみません」と恐縮している。本番と時間が重なるので、表彰されると聞かされたボクも客入れ後、会場に駆けつけた。したがって「道成寺」2日目の本番は見ることができなかった。
そもそもシビウ国際演劇祭は表彰など行なうフェスティバルではない。今までも「キミらの芝居はとてもいい、今回一番といってもいいくらいだが、ウチは賞を与える演劇祭じゃないんで…」と言い訳のような、なぐさめのようなことを言われてきた。
それが今回、シビウに着いて、総監督キリアック氏に会うと、にやにやしながら「ヤスダ、サプライズがある」と、20周年記念の「特別功労賞」をいただける話になっていた。昨年までの4年間に「タイタス・アンドロニカス」「オイディプス王」「傾城反魂香」と3本上演し、高い評価を受けたこと。その評価がもとになって、昨年「女殺油地獄」を作ることになった。劇団が受賞した、と考えるのが自然だろう。
ちなみに、いただいた記念メダルは国立銀行発行とのこと。日本でいえば大蔵省造幣局製造ってこと? あんのかな、そんなこと。

ブカレストの劇場到着前に、アカペラグループがバスの中で一曲プレゼントしてくれた。ちょこっとしたキー調整ですぐに始まる。こういう手際と手軽さは音楽のうらやましいところだ。心地よい声がひろがると、暑苦しかったバスの中が、涼しく軽くなったような気がした。

ブカレストの劇場は「オデオン」。築100年超、天井開閉機構あり。一昨年「傾城反魂香」を上演した会場だ。宿舎は隣のホテル。忘れ物があってもすぐに取りに戻れる。シビウとは大違い。
翌日、劇場の総監督ドリナ・ラザル女史に挨拶。この方、現役の女優さんでもある。劇場の主として経営からレパートリー決定まで責任を持ち、しかも本人も出演する。こういう女優がヨーロッパにはいる。というより、いて不思議でない状況がある。
「このすばらしい劇場で、ふたたび公演できて幸せです」と伝えると、
「この歴史的な建物に手を入れたくないので、冷房機器は入れてないんですの」
待て待て。暑いぞブカレスト。さっき昼メシ行ったら、劇場前の温度計が37度と表示されていたじゃないか。
「今日より暑いと、もうお客さまもいらっしゃいませんから、「道成寺」を最後に、劇場は休暇に入りますわ」ってオイ!
確かに今回、いつもブカレストで公演する時期より1週間から10日遅くなっている。冷房がないことなど今まで気にならなかった。こんなに暑くはなかったってことか。
仕込みは暑さとの戦いになっている。シビウの山が、夜寒かっただけに、そのギャップに苦しむ。劇場空間が魅力的なのが救いだ。

演技位置の調整。単純に客席から見えるか、見やすいか、それだけなのだが、オデオン劇場は、2階横にボックス席があり、3階も真横からの席がある。1階席は舞台より低いし、傾斜もそれほどついていない。つまり、さまざまな距離や角度から演技が見られるようになっていて、それが調整に手間取る原因であると同時に、この劇場の魅力でもある。
数年前、香川県にある重要文化財「金丸座」という歌舞伎小屋で市民劇の演出をしたが、その時にも同じようなゾクゾクする感覚をおぼえた。観客の視線が複雑に交錯していると劇場空間は魅力的になるのかもしれない。
「ここからは見えます」「こっちは全然見えません」とあちこちの客席から声をかけてもらい、ようやく位置を決め、やれやれと思っていると、今度は「それだと字幕が見えません」。声の場所に移動すると、確かに。で、字幕を2か所から出すことに変更。
こうした調整はいつものことではあるが、今回は劇場のサイズやタイプが、都市ごとにかなり異なって時間を食う。ま、演出家にとっては何よりの勉強なんですけどね。

案の定、本番も暑さとの戦いになった。19:00とは言え、外はピーカンに晴れて明るい。夕方という気配さえない。昼間だ。
客席のあちこちで、ぱたぱたと煽いでいるのが見える。モソモソ動くのも仕方があるまい。幸いお客さんの集中は途切れることなく、皆さんのスタンディング・オベーションで終演を迎えることがでた。ロビーでは「よかったわ」「来年も来てね」「日本の物語はすばらしい」「成功おめでとう」と、ありがたいお言葉をいただいた。

それにしても、今回のツアー、何か釈然としない。稽古不足が原因ではない。準備が不十分だったことでもない。想定外のできごとに翻弄されたことでも、暑さや寒さでもない。そういった不満はどの公演でも感じることだ。
そうではなく、
「日本人はもっと日本の物語を他文化圏に発信しなけりゃいかんな、どうも」
ということを、かなりどっしりと感じた。
他の文化圏に発信するも何も、まずは私たち日本人が日本の作品(何も能楽・文楽・歌舞伎に限らず、近現代のものも含めてね)にもう少し知識や観劇体験を持たないと、日本の演劇レベル、ひいては文化レベルは、これ以上どうにもならんだろうな。世界に発信する前段階が圧倒的になっちゃないや、ということなのだ。
別に演劇レベルなぞ今のままでいいじゃん。という考え方もあろう。今のところ大半の人はそうとらえているに違いない。しかし、それは日本の未来にとって、私たちの子孫にとって、あまりよろしくないことになる、という悪い予感をボクは笑い飛ばすことができない。
客席の一番うしろで「道成寺」を見ながら、そんなことに思いを馳せていた。

※写真
上/アカペラグループがバスの中で一曲プレゼントしてくれた。
中/オデオン劇場は、2階横にボックス席があり、3階も真横からの席がある。築100年超、天井開閉機構ありの魅力的な劇場。しかし、冷房機器がない事を今年知る。
下/オデオン劇場の正面玄関。

13/07/27

道成寺/モルドヴァ・ルーマニア

うらやましい国・ルーマニア

ブカレストの前に訪れていたシビウでは、土地柄と山の上の要塞教会が会場だったということで、寒暖の差が激しかった。
夜はフリースとヤッケを着込むほど。
人によっては薄手のダウンを羽織ったり、カイロを背中に貼っている。
一日が終わると、冷えた体を温めるために風呂に入る。

次の公演都市ブカレストのオデオン劇場では、Tシャツ1枚でいても、一日中汗が垂れてきた。
100年以上前に立てられた由緒ある劇場。
残念ながら、エアコンがない。
天井に、空気をかき回すプロペラもない。
エアコン嫌いの私でも、さすがにぐったり。
一日が終わると、汗臭い体を冷たいシャワーで洗い流す。

同じルーマニアで、こうも違うかと驚いた。

そのオデオン劇場。
楽屋前の広めの廊下に、いくつかソファーとテーブルが置いてあり、ロビーのような場所になっている。
1つのソファーを陣取り、パソコンを開いて作業を進める。
別なソファーには、おそらく劇場関係者と思われる、老若男女が、暇さえあれば集まって、やたらと大声で話している。
初日に紹介されたスタッフ以外も、たくさんいる。

誰? 何の係りの方?

日本と同じように、照明、音響、舞台、制作、といった割り振りはあって、それ以外にも、「綱元担当」「そうじ担当」、今回は出会わなかったが「脚立担当」もいる国。
5年前にブカレストを初めて訪れたときには、エレベーターおばちゃんが、空間の3分の1を陣取り編み物をしていて、驚いたことがある。
街を歩いていても、スーツを上下ピッチリ着ている、いわゆるサラリーマンは、ほとんど見かけない。
休暇シーズン直前だったとはいえ、日本の、東京の、よく見る光景とはあまりに違う。

日本の常識を当てはめると、他の係りと兼ねられるでしょ、いるのかいっ、その係り!?
となってしまうのだが、一方で、何の係りや仕事で存在しているか不明な人を、取り込んでいるともいえる。

「取り込んでいる」は、ちょっとニュアンスが違うかな。
理想郷のような差別がない土地とは言わない。
その人を判断する基準が、経済だけではないな、という印象を受ける。

同じルーマニアで、シビウもブカレストも、この辺りの感覚はあまり変わらない。
残念だけど、日本で暮らしていると、年中ジャージで過ごし、何の職業か分かりにくく、経済的に貢献度が低い私たちは、とても肩身が狭いと感じてしまう。思い込みかもしれないが。

そういう意味で、ルーマニアはうらやましい国だ。
一見よく分からない人の存在を否定はしていない。
社会の中に、様々な存在の人がいることは、一つのモノサシだけではない見方や捉え方がある、ということなのだろう。
それだけ精神的に豊かだと言えるんじゃないだろうか。
まわり回って、その存在と同居し生きていることが、自分の豊かさにつながるんじゃないだろうか。
演劇が盛んな国・ルーマニア。
それとこれは、決して違う話ではないと思う。


小笠原くみこ
※写真
上/突然のスコールに見舞われたり、夜はフリースとヤッケを着込むほどに寒くなったシビウ。(要塞教会の麓)
中/強い日差しでお出迎え。(ブカレスト)
下/オデオンの劇場関係者が、集まって、やたらと大声で話していたロビー(写っているのは劇団員)

13/07/26

道成寺/モルドヴァ・ルーマニア

本番の後は

ヨーロッパツアー、と聞くと大抵の友人は
「まあ素敵ね」
「美味しいもの食べられるんでしょ?」
「休みの日は観光だね」
とか言って羨ましがられる。

しかしハッキリ言おう。そんな楽しいモノではない。勿論楽しい事がまるで無いなら行く意味はないが、物見遊山に出かけるわけではない。
過去のツアーでもそうだったが、海外にいくともれなくトラブルが付いてくる。

今回もそうだった。
他の人が書くであろうからあまり詳しくは記さないが
○ 行きの飛行機で俺のモニターだけ最初から最後までフリーズしていた。
○ 劇場にトイレが無いので、外の草むらで立ちションしようとしたらカップルがいて願い叶わず。我慢して本番へ。
○ 梁を上げるのに死にかけた。
○ 仕込みが朝6時までかかって4時間後に再開、ほとんど眠れず本番。
○ 観劇中に意味無く嘔吐する劇団員。
○ パソコンを無くした。
○ カフェで「パスポートを紛失した」という劇団員の為、皆でカフェを捜索したが見つからず。結局ホテルにあった。
○ 同室の劇団員のいびきが尋常ならざる音量。
○ 外で塗り作業をしていたら突然の大雨。みるみる落ちる塗料。
○ Wi-Fiがないと落ち着かない劇団員。
○ 思いつかないお土産。
○ 1番の若手が寝坊。
などがすぐに思い出される。

結構神経使います、ヨーロッパツアー。

そんなツアーだがその充実度をわかりやすく測るイベントがある。
打ち上げである。
その日が良いステージなら打ち上げも盛り上がるし、駄目なら盛り下がるもの。

シビウでの公演は過酷そのもの。スケジュールは押せ押せ、ロクに睡眠も取れずに本番中も睡魔に襲われた。
本番終了後にすぐにバラシ。メイクをつけたまま山道をえっちらほっちら装置を運ぶ。皆の目が虚ろになっていく。
作業は深夜までかかり、やっとホテルに戻ることに。
しかし主宰が
「中庭で打ち上げをやろう」
と提案。疲労困憊の劇団員は思わず怯む。
「もう寝たい…」
「シャワーを浴びたいわ…」
「とにかく1人になりたい…」
しかし特別功労賞もいただいたし乾杯位はしないと、とほぼ全員中庭へ。

深夜1時中庭は各国のアーティストで大にぎわい。音楽が大音量でかかり、さながらディスコの様。
こりゃヤケクソとばかり、乾杯を終えた劇団員が次々と狂った様に踊り始める。
地元の女優に
「さっきあなた達のステージ観たわよ! とってもクールだった!」
と興奮して抱きつかれる。
パリから来た黒人の俳優には
「夢を持て、とにかく夢を持て! キープオンユアドリーム!」
と熱く怒鳴られた。
興奮した劇団員は近くで踊っている人を次々と胴上げする。
「わっしょい! 山の手わっしょい!」
地元の夫婦に
「お前ら面白いから日本酒より強いアルコールを奢ってやる」
とツイカ(度数50)を飲まされる。
ガソリンを補充して再び踊り、奇声をあげる山の手事情社メンバー。
打ち上げもパフォーマンスなのだ。なめられちゃならん、日本代表なのだから。
もう汗ビショビショ、いつの間にかメイクも落ちている。

朝5時にようやくお開き。トボトボ歩いてホテルに帰る。
さて今から衣装を洗濯しなければ。

結構体力使います、ヨーロッパツアー。

川村岳
※写真
上/深夜1時、各国のアーティストで大にぎわいの中庭
中/1人になりたいオーラを発する川村氏
下/ Wi-Fiを求めてホテルのロビーに集う劇団員

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