12/09/01
番外編日誌 アリーナ(7月9日)
アリーナはスタッフとして配属されてきた。
俳優だが、モデル? というくらい顔は整ってるし、
スタイルもいい。2年に渡ってワークショップで見て、
十分な力を感じることができず、キャスト希望には入
れなかった。
なぜ彼女が稽古場に、とけげん顔のボクに「演出助手
をやるよう総監督キリアック氏に言われて来ました」
「演出助手はヴィチェンチウがいる。日本から淳子さ
んも来るし…」。
すると、出演者が台本を正確に覚えているかどうかチ
ェックする係だという。そんな仕事日本では聞いたこ
とがない。が、ヴィチェンチウによれば不自然なこと
ではないらしい。
6月中旬から7月下旬までのこの時期、バカンスで、ほ
とんど公演はない。しかし俳優もスタッフも休んでい
るわけではなく、来シーズンの仕込みをしている。「客
の来ぬ間に」大車輪で芝居を作っているのだ。「女殺油
地獄」と並行して劇場ではチェーホフの「プラトーノ
フ」が製作されている。こちらの演出はダビジャ氏。
少し年上だが、すでにルーマニア演劇界の重鎮だ。30
人近い出演者に3時間を超える大作。当初彼の作品が
同時進行で作られることなど聞いていなかった。おそ
らく急遽決まったのだろう。
「この時期なら劇場を占有して稽古できる」という話
だったが、手狭なスタジオホールでの稽古になった。
「好きな俳優をいくらでも使ってくれ」と言われてい
たのに「この俳優も、あの俳優もダメです」と配役の
最終段階でどんでんがえし。それもこれもダビジャ先
生の登板が原因に違いない。
演出家は使いたい俳優を劇場に伝え、最終的には総監
督が配分を決定する。
キャスティングはやや混乱があった様子。あとで聞い
た話を総合すると、当初ボクの方で使うと予想される
俳優は、ダビジャの配役可能リストには入っていなか
った。ただ、彼の作品にボクの希望していた俳優が出
ることになって、ボクの方でもキャスティングをいじ
りなおした結果、どちらにも出られない俳優たちが出
てしまったようなのだ。ふたを開けてみたら、どちら
のキャスティング表にもない…、みたいな。申し訳な
い気もするが、配分は劇場の専権事項なので何も言え
ない言う資格がない。そのあたりは俳優もわかってい
るらしく、苦笑いしつつ握手してくる。「次はぜひ一緒
に!」。
アリーナは、おそらくどちらの演出家からも候補にあ
がらなかった。「稽古場を見ておけ」という意図をもっ
て派遣されてきたのだと思う。俳優がせりふを入れて
しまうと、彼女の仕事は、子役スンジアナのおもり程
度になっていた。ちょうどその時期、ヴェロニカが8
日間出張で稽古場を不在にしたので、代役を依頼した。
「せりふをちゃんとおぼえてきたら、稽古を見るよ」
目が輝く。役者なんだ、当たり前か。休日明けの稽古
で与兵衛の妹おかちをやらせてみると、せりふは全部
入っているし、ヴェロニカより声が出ている。何より
なりふりかまわず必死だ。かっこつけてる余裕なんて
ない。ヴィチェンチウが思わず振り向いてささやく「す
ごくいいと思いませんか?」「うん、あとで検討しよう」。
話しているとわかるがとても頭がいい。それが「頭で
っかち」という形で災いしている。「シュティウ(わか
ってます)」とうなずくが、やらせるとできない。そこ
にどうやら彼女が伸び悩む原因があると踏み、叱った。
安易に「わかった」と言うから、いつまでたってもう
まくならない。演劇ではできることがわかること。言
う前に稽古しろ。ボクを憎め。そのエネルギーで稽古
しろ。
悔し涙を浮かべていたが、大汗かいて稽古しだした。
ヴェロニカが戻ってきて、2人に役を競わせることにな
った。そのあたりはいずれ書こう。結局おかちはアリ
ーナの役になった。考えてもいなかった決着だが、も
しやこれもキリアック氏の狙いだったのか、とその深
慮遠謀を疑ったりもする。
※写真説明
1枚目
はじめの頃のアリーナ。
2枚目
《四畳半》の基礎稽古中。
3枚目
おかちのシーン。
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山の手事情社次回公演!
「トロイラスとクレシダ」原作/W・シェイクスピア
2012年10月24日(水)-28日(日)
東京芸術劇場 シアターウエスト
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