ライブラリ

コラム

斉木 和洋演出ノート

マクベス/2025.2

「この世界は劇場であり、私たち人間は地球という舞台に引っ張りだされた哀れな役者だ。精一杯生き、何かを伝えようと叫び、何者かになろうともがいてみたが、声は誰にも響かず、行為は何にも届かない。人生という出番が終われば、この世から消えていくほかなく、私たちの一生とは、ほんの短い間だけ輝く蝋燭の炎のようなものだ」『マクベス』より意訳

 この現実世界は舞台で、私たちはみな役者なのです。耐え難い体験や許しがたい出来事、抑えきれない感情はすべて「私たちの人生」というお芝居の一幕です。シェイクスピアの悲劇は、個々の耐え難い悲惨な出来事や体験を「悲劇的な物語」へと変えてくれる。許せない、耐えられない、他者を傷つけたくなるような気持ちが集まると、それは怨念に変わる。悲劇には、その怨念を祓い、私たちの心を少しだけ軽くしてくれる力がある。悲劇は、私たちにより広い視野、より高い視点、より深い洞察を与えてくれる。

 さて、今回私が演出をした『マクベス』は、現実世界で精神的に死んでしまった人物が夢のような世界に逃げ込み、魔女たちに出会う。精神的な死とは、心を殺されたといってもいいし、心が壊れてしまったといってもいい。魔女たちは時を越えて、闇を越えて現れ、舞台に迷い込んだ者に将軍マクベスとしての命を与え、『マクベス』の悲劇を演じさせる。マクベスは「将来は国王になる」という魔女の予言を信じ、妻と結託して王を殺害し王位に就くものの、妻は狂乱のうちに自殺し、自身も先王の息子たちの軍によって討ち果たされ、命を落とす。この人物は、『マクベス』の物語を悪夢として体験することで、夢の中で殺されることで、現実の世界では救われたのかもしれない。

 すべての役を7人の女優(魔女たち)が演じるオールフィメールの形式で上演します。女は化ける。化け物たちが、私たちの心の中に潜む闇を祓い、明るい光を灯し世界を祝福する。

構成・演出 斉木和洋

参考文献:「マクベス」(安西徹雄訳 光文社)/「真訳シェイクスピア四大悲劇(ハムレット・オセロー・リア王・マクベス)」(石井美樹子訳 河出書房新社)/「マクベス」(今西雅章訳 大修館書店)/「マクベス」(大場建治訳 研究社)/「マクベス」(小田島雄志訳 白水社)/「マクベス」(小津次郎訳 筑摩書房)/「新訳 マクベス」(河合祥一郎訳 角川書店)/「マクベス」(木下順二訳 岩波書店)/「マクベス」(坪内逍遥訳 春陽堂)/「マクベス」(福田恒存訳 新潮社)/「マクベス」(松岡和子訳 筑摩書房)/「マクベス」(三神勲訳 角川書店)

コラム一覧へ