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コラム
小笠原くみこ演出ノート
シェイクスピアの作品にはいくつもの悲劇がありますが、その中でも「四大悲劇」と特別に呼ばれる作品があります。「四大悲劇」はそれ以外の悲劇と何が違うのだろうと考えてみました。たどり着いた答えは、物語の中で悲劇に巻き込まれている登場人物以外に、その世界を俯瞰する視点を引き受ける人物がいる、ということでした。演劇における俯瞰した視点というのは、悲劇がその時だけの特別なことではなく繰り返される示唆であったり、別の意味合いや見え方・考え方だったりを提示する役割になります。『ハムレット』では亡霊、『リア王』は道化、『マクベス』は魔女がそれにあたります。一方『オセロー』には、その人物そのものは登場しません。しかし、物語の世界を生きながら、なおかつ俯瞰した視点も持ち合わせたイアーゴーが物語の中心にいることが、他三作品と異なりこの作品の特徴だと思います。
『オセロー』には、「黒と白」というテーマがあることも特徴です。黒い肌を持ったオセローと白い肌を持ったデズデモーナが、表向きの「黒と白」です。ですが、策略をめぐらし悪事を働くイアーゴーこそ「黒」であり、オセローは「白」だったはずが罠にはめられ「黒」になっていく物語なのではないか、ということから創作は始まりました。
イアーゴーの目的だった昇進する計画は物語途中で上手く運びますが、暗躍は止まらず、最後まで「悪魔的な行動」の根源は明かされません。いわば、人間の業を象徴する「黒」として存在するのだと思います。一方、オセローの妻デズデモーナは、イアーゴーの策略だったことを知らず純白のまま死んでいきます。ピュアな存在として人間の善であり生を象徴する「白」の存在と捉えました。この対立する2つの俯瞰した存在は、いつの時代やどの世界にも、そして人間の中にも、消え去ることはなく存在し続けるのではないでしょうか。
構成・演出 小笠原くみこ
参考文献:「オセロー」(松岡和子訳 ちくま文庫)/「オセロー」(小田島雄志訳 白水社)/「オセロー」(福田恆存訳 新潮文庫)/「真訳シェイクスピア四大悲劇(ハムレット・オセロー・リア王・マクベス)」(石井美樹子訳 河出書房新社)/「ファウスト 第一部」「ファウスト 第二部」(ゲーテ著 池内紀訳 集英社)/「シェイクスピアはわれらの同時代人」(ヤン・コット著 蜂谷昭雄・喜志哲雄訳 白水社)