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カルチャーポケット安田雅弘

【当世現代演劇事情4】香川で考えた/2002.1-2

【当世現代演劇事情4】香川で考えた 2002.1-2(表紙)【当世現代演劇事情4】香川で考えた 2002.1-2

 2人組になって、片方が両手両膝を地面につけ、もう片方がその背中をゆっくり押し下げる。次に腰はそのままで腕を前に伸ばし、肩を押し下げる。さらに正座した片方の肩甲骨の裏にもう片方が指を入れて動かしてみる。会場のあちこちから「うわぁ」「ふーっ」という溜息がもれる。見知らぬ人の身体に触れるマッサージ。山の手事情社のワークショップは、ここから始まる。狙いは身体を味わうこと。現代人は思っているほど自分の身体を把握しているわけではない。たとえばごはん一口、何回で咀嚼するか。風呂に入る時、どちらの足から入るか。わかっている人は稀だ。ワークショップの目的は参加者にそうした視点を手に入れてもらうことにある。味覚と同様、身体を「味わう」視点は人生を豊かにする。

 11月、香川県芸術祭に招かれ、市民ワークショップをおこなった。高松市にある青年センターで1泊2日、食事時間を除いても実動24時間のヘビーなメニュー。参加者は30人。演劇ワークショップは全国でさかんに開かれているが、内容はさまざま、実態をご存知でない方も多いと思う。ワークショップとは、体験型の講座。演劇的な視点や才能は体験を通じてしか発見されない。絵や、音楽や、文学やスポーツと同じだ。

 柔軟運動、筋力トレーニングのあとは、発声、滑舌(早口言葉)。声を出すことと、日本語をしゃべることの快感を味わう。「日本語のアクセントは高低、これを自在に操るのは気持ちいいでしょう」。続いて稽古場を海に見立てて遊ぶ。演技はイマジネーション、見ている人を巻き込みたかったら、まず自分がそのイメージで満たされなければならない。「すぐれた俳優なら溺れることもできるはず」。さらに日常的な動きを超スローモーションで再現してみる。たとえば寝返り。ゆーっくーりと寝返りをうつ。読者の方も実際にやってみてください。寝返るときに身体のどこから動き始めるのか。空中で身体の各部位がどのような軌跡を描くのか。どの部分が最後に床を離れ、どの部分が最初に着地するのか…。身体との対話。「家族との会話以前に、まず自分との対話です」。

 ゲーム形式で行なうフリーエチュードと呼ばれる練習。たとえば1人ずつ空想上の機械になってみる。単純なルールのもと、自分で考えたように身体を動かし、擬音を発する。それだけでこんなにも盛り上がるものか、という参加者の驚き。生身の人間だから出せる空気を変えるチカラ、その魅力を再確認。

 最後は一晩かけて寸劇を作る。30人を6チームに分け、抜き差しならない状況を考えてもらう。翌朝、他のメンバーの前で発表する。高校の女子トイレ、熟女が集まるスナック、ボケた母を心配する父と息子夫婦、居酒屋で仲間の浮気を心配する同窓生…参加者それぞれが抱える切実な思いや問題意識が伝わってくる。彼らは身体から始めて、次第に社会をも「味わって」いる。真実のウソを生きる。それがこのトレーニングの狙い。おいしいものを食べ歩くように、身体や社会をじっくり「味わう」グルメブームが、やがてやってくる。

※ カルチャーポケット 2002年1-2月号 掲載

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【カルチャーポケット】
1999年8月から約5年半の間、大阪市文化振興事業実行委員会より発行されたフリーペーパー。通称c/p。

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