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カルチャーポケット安田雅弘

【市民劇をつくる5】市民劇はじまる/2003.1-2

【市民劇をつくる5】市民劇はじまる 2003-1-2(表紙)【市民劇をつくる5】市民劇はじまる 2003-1-2

 いよいよ市民劇がはじまります。

 といっても、本番の場所や日どりが決まったわけではありません。

 準備のワークショップがはじまったのです。

 「ワークショップ」

 ということばはよく耳にしますが、その実態はさまざまです。案内役である演出家が「演劇」のイメージを伝える場とも考えられますが、なにより参加者が「演劇」をより深くとらえる機会と考えていいと思います。「演劇とは何か」という問いへの答えは、「美術とは何か」「音楽とは何か」と同じように、人それぞれで違います。そのバリエーションの分だけ、ワークショップの内容もはば広いのです。

 30名ほどの参加者があつまりました。

 予想より多かった。私一人でお世話できるのは、せいぜい20名ほどです。また、驚くほどレベルの高いメンバーが集まりました。未経験の方も少なくなかったのですが、勘のよい人があつまったのでしょうか。

 何をやったのか。

 ひと言でいえば、自分を見つめなおす作業です。演劇というのはウソをつくことですし、演技は自分ではない存在になることです。それには、まず出発点である自分をしっかり把握しておくことが大切です。そこで3日間、何かを演じるというよりは、徹底的に「自分とは何ものであるか」を考える作業に取りくんでもらいました。

 はじめは「身体訓練」です。つまり、柔軟運動と筋力トレーニング。役者は自分のカラダがほぼ唯一の道具です。それを調整し、能力をアップする方法を知っておくと、とても役に立ちます。

 ここで問題です。

 「けさ、靴下をはいたとき、何を見ていましたか?」はっきりおぼえている人はまずいないでしょう。ボーッとしているか、別のことを考えていたはずです。ところが俳優は、自分がどのようにボーッとしているかを知らないと、舞台上でそれを演じることができません。案の定、ほかのメンバーが見ているまえで靴下をはくと、どぎまぎして不自然になってしまいます。

 把握するのは、カラダばかりではありません。

 「あなたは何をドラマチックだと思っているのか」という課題も出しました。「演劇」のワークショップですから、こたえも「演劇」で表現します。すなわち、3、4人で寸劇を作り発表するのです。妹が整形手術をうけて人相がかわってしまったという現代的なテーマを扱ったものや、二組のカップルの対照的な別れを描いたもの、また父娘の一家で娘が突然婚約者を紹介し、父が反対しているところへ、元妻が帰ってくるはなし…。はじめて作ったとは思えないほど多様な作品が並びました。刺激的なスタートと言っていいでしょう。

 ワークショップ終了直後、モスクワに行き、滞在中に偶然、劇場占拠テロが起こりました。モスクワ市民にとって劇場を失うことは、娯楽を、もしかすると人生を失うことにつながります。彼らはそれほど演劇を大切にしています。この演劇の価値の違いはニュース画面からは伝わって来ないものだと感じました。

※ カルチャーポケット 2003年1-2月号 掲載

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【カルチャーポケット】
1999年8月から約5年半の間、大阪市文化振興事業実行委員会より発行されたフリーペーパー。通称c/p。

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