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安田雅弘演劇の正しい作り方

【演劇の正しい作り方⑫】柔軟運動の前に(体育としての演劇4)実演編その1/96年4月号

演劇の正しい作り方12/96年4月号
 これから数回に渡って基礎的なトレーニングを紹介していこうと思う。
 大きく分けると、
 「柔軟運動」
 「筋力トレーニング」
 の二つになる。
 演劇をやりたいと思う人がどのようなトレーニングをおこなえばよいか。残念ながら日本には今のところその基準がない。
 「それぞれがやりたいようにやればいいじゃないか」
 という意見もある。
 いやむしろそれが主流かもしれない。
 しかし、基準は必要だと思う。
 基準がないのは、基準の根底になるべき考えがないからではないのか。つまり演劇をやる上で最低必要なことが整理されていないのではないかと疑ってしまう。
 基準がはっきりしないと
 「演劇人はどの点ですぐれているのか」
 「どういう能力があるのか」
 といったことが曖昧になる。曖昧だと演劇と無縁な人々はもちろん、演劇を好きな人にとっても演劇の価値が不明確になりかねない。演劇をやっている人間が誇りを持とうにも、その根拠があやしくなってしまうことになる。
 かといって、はじめからあまりむずかしく考えるのもどうかと思う。
 とりあえず俳優に必要な能力として、
 〈心に正直な身体を持っている〉
 ということを一つの基準として考えていこうと思う。これは逆でもいい。
 〈身体にありのままな心を持つ〉
 こっちはちょっとイメージしにくいかもしれない。
 つまるところ、俳優は一般の人より
 〈心と身体の通りがよいこと〉
 が一つの能力として求められる、とぼくは考えている。
 なぜか、という話は長くなりそうだからいずれすることにしよう。
 今回はなぜ「柔軟運動」や「筋力トレーニング」が必要なのか、という話をしたい。
 一言で言えば、
 〈自分の身体を大切にするため〉
 である。これが大きな目的。
 「そんなのあたりまえじゃないか」
 と思う人もいるだろう。
 果たしてそうか。
 おいおい分かってくると思うが一般の人は自分で思うほど「自分の身体」を「大切に」しているわけではないとぼくは感じている。
 さて、漠然と「大切にするため」といわれても見当がつけにくい。もう少しかみくだいて説明しよう。
 第一に、自分の身体を知ることが目的である。大抵の人は「柔軟運動」や「筋力トレーニング」をおこなうと自分の身体が以下に不自由かを痛感すると思う。
 それでいい。
 なまじ「自分の身体」だと思うから誤解する。いっそ「他人」だと思ってつきあってみればいいのだ。「他人」と考えれば、こまめにケアしなければなかなか言うことを聞いてくれないことも納得できるはずだ。
 次に、怪我をしにくくする狙いもある。自分の身体を知れば、無理をしなくなる。これは逆に「他人」の言うことに耳を傾けるということだ。それにそもそも基礎的なトレーニングは稽古や本番のアップとしておこなうのだから当然といえば当然だ。
 第三として、自分の体に自信を持つことが目的と言えるだろう。
 演技とは化けることだ。
 とぼくは考える。「化けること」はそんなに簡単なことではない。体に自信がないと思い切りプレイすることなどとうていおぼつかない。
 スポーツ選手と同じだ。
 ただ彼らと同じ肉体が必要なわけではない。
 〈心と体の通りのよい〉肉体がとりあえず必要なのである。

 それでは「柔軟運動」に入ることにする。
 注意点を簡単に述べておこう。

◎漫然とやらない。
 →伸ばす場所を意識すること。
◎息を止めない。
 →痛かったら息を吐く。
◎無理をしない。
 →人を押す場合、押しすぎないように。慣れないうちは一人ずつでやった方がいいと思う。
◎できるだけ毎日やる。
 →週末に一時間やるなら、一日十分ずつやった方が効果的だ。

柔軟運動の基本

■足首の形の基本
ポイント … つまさきを伸ばした状態
両足のポイント
フレックス … ヒザの裏を床につけカカトは浮かすように。
両足のフレックス

×悪い例×
ヒザを曲げない! … ポイントとフレックス、どちらの場合も床から離さないようにこころがける。  
ヒザを割らない! … 両足を揃える場合、ヒザの裏を床から離さないだけでなく、両ヒザをつけるようにする。

■上体と腰の位置の基本
上体の重心は常に腰の上に乗せる。

×悪い例×
上体の重心が腰より後ろにある。

柔軟運動と柔軟部分

■前屈1(ももの裏~背中)
☆片足を伸ばしてポイント、反対の脚を曲げて伸ばした足のヒザの脇につけて前屈する。
[check!]おでこやヒザがつくように。フレックスでもやってみる。その際はあごがヒザにつくようにする。

■前屈2(足の裏~ふくらはぎの裏~ももの裏~背中)
☆片足を伸ばしてフレックス、反対の足を曲げて伸ばした足のヒザの上に乗せて前屈する。
[check!]あごがヒザにつくように。足の裏が持てない時は足首でよい。ポイントでもやってみる。おでこがつくようにする。

■開脚した前屈1(ももの裏~背中、股関節)
☆両足をできるだけ広げて伸ばし、ポイントにする。右足の方に腰と上体をひねり、前屈する。
[check!]上体の重心が腰にちゃんと乗っていることを確認する。反対の足のヒザが浮かないように注意する。おでこがヒザにつくように。左右おこなう。フレックスでもやってみる。その際はあごがつくように。

■開脚した側屈(ももの裏~体側)
☆両足を広げて伸ばしたままフレックスにする。左腕を右ななめ45度に引き上げながら体側を伸ばす。
[check!]右肩は右足の前に来るように。反対の足のヒザが浮かないように。背中を曲げない。左右おこなう。ポイントでもやってみる。

■開脚した前屈2(股関節、足の裏~ふくらはぎの裏~ももの裏~背中)
☆両足を広げて伸ばしフレックスのまま、両手をできるだけ前につける。
[check!]足が開かないとなかなか前にいかないので、極力足を開くようにする。まずはおでこが床につくように、次にあご、胸、おなかの順で床につくようにする。ポイントでもやってみる。

「演劇ぶっく」誌 1996年4月号 掲載

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