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安田雅弘演劇の正しい作り方

【演劇の正しい作り方⑳】バランス(体育としての演劇11)実演編その8/97年8月号

 演劇の正しい作り方20/97年8月号

「バランス」は少々風変わり。
今までのものと違って、特定の筋肉を鍛えるわけではない。やってみるとわかる。人によって痛む箇所が違う。違っていい。
左右あるいは前後にバランスを取る。
たったこれだけのことがひどく難しい。そして美しい。
ダンス用のトレーニングなのか体操のワザなのか、もとの姿は知らない。
新人の頃やってみろといわれ、まるで手に負えず、ふと横できれいにバランスを取っていた先輩たちの美しさに感動したおぼえがある。
思えば人の身体に感動したのはあれが初めてだったような気がする。それまでだってオリンピック選手やショーダンサーに美しさは感じていた。けれどもそれは感心であって感動ではなかったのだと思う。漠然とした別世界のものだったのだろう。
できるかどうかはわからない。が、自分と同じような人間がこうした運動能力を持っている。自分にもその能力が宿っている可能性がある。
そんなことをなまなましく感じた。身体というものが初めて意識された瞬間だったかもしれない。
身体の存在を意識してボクらはようやく実在する。
現代の日本人は、特に若い世代ほど実在しにくい。といったら驚くだろうか。
しかし、ボクはそう考える。
みずからの身体の存在に感動しにくい環境で生まれ育ち、暮らしているのだ。
自分の身体に感動できない人間が他人の肉体に感動できるはずがない。
身体に感動できるバロメーターを「身体感覚」と呼ぶ。味覚のない人がコックになれないように、身体感覚のない人は舞台の上には存在できないように思う。
演劇をやりたいという人に「身体感覚」の自覚があまりに薄いことにちかごろ正直驚いている。この人たちは一体何に感動して舞台をめざしているのだろうか。同時に、「身体感覚」というものの存在を伝えることの難しさも痛感する。
オウム事件を思い出す。
いや、まだ裁判中なので事件を起こしたといわれる人たちを犯人と断定することはできないのかもしれないが、数年前の異様な選挙運動を目の当たりにした一人として、ボクは常々あの信者たちの情熱の出どころが疑問だった。不気味であった。
その後のさまざまな報道や考察に触れて思うのは、どうやら教祖と呼ばれた人はとてもマッサージのうまい人だったらしいということと、信者の大半は身体に自覚の薄い、そういう意味ではとても現代的な人々だったのではないかということだ。
教祖のマッサージ(それから始まるさまざまな修行や儀式)に触れて彼らは自分の肉体に初めて自覚を持ったのではないか。つまり、彼らはその時点で初めて自分の存在に実在感をもったのではないか。
私は生きている。
なまなましくそう感じたのではないだろうか。
 事件についてあれこれいいたいのではない。いえる立場でもない。あの不気味な情熱を支えた理由について考えたいだけだ。
ボクらは実在したいと願っている。しかし、環境はなかなかそれを許してはくれない。実在感を持てない社会はアンバランスである。
まともな方法論であれば、演劇は確実に俳優に実在感を求める。それを研ぎ澄まさせる。
金にならないとわかっていて、演劇にひきつけられる若い人が多いのはそのあたりにも理由があるのかもしれない。

バランス

視点を一点に定め、ゆっくりとカウントする。
できる限り揺れない。足も腕も直線、直角のイメージを持って正確におこなう。ゆっくりと呼吸するのがコツ。鏡を見てやるか、他の人に見てもらうのがいいだろう。足があがらない場合は補助してもらった方がイメージがつかみやすいかもしれない。

■T字
両足を揃え、右腕を右耳につけて上に伸ばし、左腕は体側につける。
5カウントで上体を右に倒しながら、同時に左足を地面と並行にする。
その状態のまま3カウント静止。
同じカウントで巻き戻し、戻る。
[check!]腕を耳から離さないようにする。
[check!]上体と足が直線を維持するように。途中で止めて「イの字」にならないように注意する。左右行う。

■飛行機
両手を地面に平行にひろげ、両足を揃えて立つ。
3カウントで右足を地面と平行にする。
5カウントで高さを変えずに足を後ろに旋回させ、上体を地面と平行にする。
その状態のまま3カウント静止。
同じカウントで巻き戻し、はじめの状態に戻る。
[check!]足首はポイントの状態。かかとははじめ下向き、足を身体の横に回すときは横向き、後ろに行ったときには上向きになるようにする。左右行う。
[check!]手のひらはずっと下向き。
[check!]へっぴり腰にならない。

■直角
上体を90度まげ、地面と平行にする。右腕を地面に垂直におろし、左腕は地面と平行に伸ばす。
5カウントで右足を真横にあげる。
その状態のまま3カウント静止。
同じカウントで巻き戻し、戻る。
[check!]首は前を向いて一点をみつめる。あげている方の腕は胴体に垂直になるようにする。あげる足も胴体に垂直になるように。かかとはずっと後ろを向くように。左右行う。

「演劇ぶっく」誌 1997年8月号 掲載

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