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コラム

水寄真弓演出ノート谷 洋介

ぺとりこおる/2018.2

ペトリコールとは雨が降り始めたときに地面から上がってくるカビのような特有の匂いのことです。
タイトルの『ぺとりこおる』は出演者たちの中で渦巻く何かが降り始めたその瞬間の匂いや、昨日まで楽しかったことが今日はなぜか全く面白くなくなっている、少し理屈化できないようなガラッと変わる心境を表しています。

今回、夏目漱石の「文鳥」を作品に取り入れています。
この作品は、漱石自身が門下生の勧めで文鳥を飼い始めるが、結局死なせてしまう、何でもない話です。
けれども、飼い始めは愛らしくて、自分の指から餌を食べさせたい! とか、文鳥の綺麗な姿に過去の女性を重ねてしまうほどハマっていたのに、小説を書くのが忙しくなって別のことに気を取られ、さらに文鳥が思うほどなつかないと気づき、急激に冷めていくという漱石のある種の幼さが、研修生の若さとリンクしたら面白いのではと思い、取り入れています。

何かに熱中していると、そのときは大体何かを忘れている。
寝ること、食べること、周りの人たちのこと、恋人のこと。

そしてその熱が冷めたとき、何かを忘れていたことに後悔する。
僕はこれがダメなこととは思っていない。人生はその繰り返しで満たされていくのではないかと思っています。

今彼ら5人が熱中している“演劇”ももしかしたら、冷めるときが来るかもしれない。
僕はそれでもいいと思っています。
演劇が彼らの人生を豊かにしてくれれば、それだけで十分だと思っています。

本日はお忙しい中、ご来場いただき誠にありがとうございます。

構成・演出 谷 洋介

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10 ヶ月前に、彼らは私の元へやってきた。女の子が3人と男の子が2人。
私は母となり、彼らは私の子となって、‟演劇‟という入り口の扉を開けた。
まだ硬くてどう動かせばよいか迷っている体。大きく力強い音が出せない声。
人を笑わせるにはどうすればよいのか。人の気持ちに入り込むにはどうすればよいのか。
様々な稽古をして、彼らを育てた。
子育てはとても大変だったけれど、充実した時間を与えてくれた。

この文章を書いている今、これで終わりなんだという波が、静かに足元を濡らす。

最後の1ヶ月は、たくさん叱った。
出来ないことを叱られ、母に認められようと努力したであろう、零大、倫子、京香、成美、遠藤。
力と時間を注いできた5人の子供たちが、ひとつの結果を出す日。
稽古してきたことすべてを舞台に上げることはできなかったけれど、
今まで伝えたことを、いつかどこかで役に立てて欲しい。

彼らの集大成を観に来て下さった皆様には、感謝を申し上げる。
何かひとつでも思い出になるような、そんな時間を持ち帰っていただけたら幸いです。

構成・演出 水寄真弓

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