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コラム
安部 みはる河合 達也演出ノート
最近の若者はなんだかしっかりしているな。昨年5月、研修生稽古が始まった時の彼らの印象だ。言葉遣いもメールのやりとりも堂々たる社会人ぶりだ。毎年一人はだらしないヤツがいて、私の手に負えるかしらと心配していたがそんな心配は必要なかった。出された課題には真摯に取り組み、締め切りはきっちり守る。元気もいいし、頭もいい。素晴らしい。今年はきっと面白い年になる。
2019年度の研修プログラムはこんな風に始まった。
一見、彼らは社会に順応しており心の中の闇とか、抜け出せないトラウマとか、突き破らなければいけない壁などないように見える。しかし、彼らと演劇を作ろうと思った時に頭に浮かんできたのはフランツ・カフカという作家だった。この素晴らしく整ってみえるひとたちが、自分という存在に悩み続け唯一無二の作品を書き続けたカフカと呼吸を合わせてみたらどんな化学反応が起きるだろう。整ってみえるのは、心の中にいる恐ろしい虫が出てこないように押し込めているに違いないのだ。せっかく演劇の世界に飛び込んできたのだから、彼らの無意識の中に何が潜んでいるのかを引っ張り出してみようと思った。恐ろしく根気のいる作業だ。そしてやはり、彼らの中には恐ろしい虫がいた。初めて出会う未知の虫たちに自分自身も戸惑い、コントロールできずにもがいていた。その姿はとても魅力的だ。
ぜひ劇場で上演したかった。なまで見てもらいたかった。公演中止が決まった時はみな落胆し、心や体に影響がでた。翌日若干緊張して稽古場のドアを開けると、早く集まって自主稽古をしている彼らがいた。諦めている様子はかけらもない。そんな姿に励まされて最後まで突き進むことができた。とてもいいチームになれたと思う。観客がいなくても、劇場じゃなくても、彼らはたった一人の大切な人を心に思い描いて演じている。届けようとしている。この経験は必ず、今後の人生の糧になると信じている。
『オドラデク』をご覧いただき、誠にありがとうございます。見ていただくことでようやく作品が完成します。心から、感謝を申し上げます。
構成・演出 安部みはる
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僕が『オドラデク』創作に関わった期間はほんの数か月でしたが、創作の現場からとてつもない熱を頂きました。それも、それぞれの出演者が抱える独特な熱を浴びせられたように感じます。
ぼんやりと過ごしていることが多い彼が、自らの性癖を毛布に託して熱く発露しています。普段からずっといっぱいいっぱいの彼女が、何故か舞台上では平然と「宇宙人」みたいにぶっ飛んだ思考回路を吐露してくれます。何考えているか分からない彼女が、その個性を生かして殺虫スプレーを振りまいたり共益費をギャンブルに使ったりします。小柄でちょっぴり好戦的な彼女が、他人に対する憎しみも愛情も惜しみなく舞台上で熱く晒してくれます。根暗キャラの彼が、舞台上で気持ちよさそうに自己否定をしてくれます。
彼らの熱は今はもうどこにもありません。『オドラデク』という作品に真摯に向き合ったあの瞬間にのみ宿る熱です。この熱を舞台上でお見せすることは叶いませんでしたが、画面を通して、少しでも皆様に届けられればこの上なく嬉しく思います。
演出助手 河合達也