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安田雅弘演出ノート

<カタログ・シリーズvol.7 >ぴん2002/2002.1

安田雅弘(2002.1)

演劇の社会的効用のこと

山の手事情社では「四畳半」と呼ばれるスタイルをもちいた公演と、今回のような「カタログ」シリーズと呼ばれる、演劇の方法論を紹介する公演の二種類がある。昨年で言えば、『平成・円朝・牡丹燈籠』や『Fairy Tale』といった公演が前者、『jam2001』が後者ということになる。稽古方法をわざわざ公演の形にするというやり方はあまりほかでは見られない。伝統芸能の鑑賞教室くらいであろうか。ではなぜやるのか。単純に、自分たちにとってこのメソッドが面白いからであり、できればお客さまに共感していただきたいと考えるからである。しかし同時に、七年ほどこうした公演を重ねてきて、演劇の社会的効用というものについて無頓着な、あるいはその効用を一般化することにほとんど努力を払おうとしない演劇界に対するいらだちも感じている。

音楽の社会的効用を疑う人はいない。自分や身近な人を精神的肉体的に興奮させたり、安定させたりする目的で人は音楽を求め、活用している。美術にしてもそうだろう。ちょっと気の利いた場所なら絵や写真が飾られ、彫刻が置かれている。では、演劇には社会的な効用がないのだろうか。私は相当有用な形で存在していると考えている。端的に言えば、自分を見つめる視線の獲得方法と言っていい。ひきこもりにしてもキレる若者にしても、現代の社会問題は他人との対話以前に自己把握が大きなテーマとなっていると思う。自己存在に意識的になりうる、さまざまな方法論を演劇は有史以来培ってきた。しかし、その教養は演劇界の中にとどまってなかなか社会化されないでいる。惜しい、残念な事態であるといわざるを得ない。

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