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コラム

安田雅弘演出ノート

トロイアの女/2003.5

安田雅弘(2003.5)

この芝居は「それでもお前は生きるのか?」ということを、運命が寄ってたかって、主人公であるヘカベに問う物語である。運命は、コロスや兵士、ときには、娘・カサンドラや、嫁・アンドロマケ、そしてヘレネなど、さまざまなものに姿を変え、その問にこたえることを迫る。カサンドラは「理想に生きることができるか」と迫る。同様に、アンドロマケは「すべてを捨てる若さがあるか」と、そしてヘレネは「本能に生きることができるか」と。もちろんヘカベにはそれらを選ぶことはできない。過去を抱きしめ、自分を見つめ、運命を受け入れるだけである。生きるということは、人間が把握できるものではない。「私はどうして生きているのか」という問へのこたえは、私たちそれぞれが考えることである。すぐれた悲劇は、私たちにそうしたきっかけをあたえてくれる。

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