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安田雅弘演出ノート

トロイラスとクレシダ/2012.10

安田雅弘(2012.10)

「トロイラスとクレシダ」上演にのぞんで

 シェイクスピアなら四大悲劇。そう思う自分もいる。けれどもどうせだったら、あまり料理されることのない、難しい素材に取り組んでおきたい。いつもきっかけはそんな蛮勇と、何かひっかかるという予感だけ。今回も例外ではない。そしてそのひっかかる何かは、現段階ではまだ明確になっていない。しばらくかかりそうだ。

 戦争の物語でありながら、つくづく「死」の匂いがしない。ただただ目の前の「生」に貪欲な人々の群像である。人間のというよりは、獣の物語にした方が何かが見えてくるのではないか。

 思い浮かんだ風景は、廃墟の会議室。人類はすでに滅んでいる。そこに犬とカラスが棲みついて、共生している。彼らは「トロイラスとクレシダ」を上演する。余興の芝居にすぎなかったはずのものが、やがてそれぞれの種族を挙げての総力戦に発展する。

 女一人のために戦争などばかばかしい、と古代を笑ってはいけない。尖閣であれ竹島であれ、「島」はヨーロッパの言語では女性名詞なのである。

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