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コラム

安田雅弘演出ノート

<カタログ・シリーズ>ぴん/1999.1

安田雅弘(1999.1)

ジァン・ジァンと私

「渋谷のジァン・ジァンってとこだから、絶対来いよ」と級友からの電話は切れた。忘れもしない、高校1年の夏休み、古文の宿題をやっているさいちゅうだった。2学期になれば文化祭があって、クラスで演劇公演をやることになっていた。一流大学を出て商社マンになろうと思っていた僕には、演劇にも文化祭にも全く興味なかった。こうして勉学に勤しんでいる間こそが、まこと僕の至福の時だった。ああ、それなのに仲間のちょっとしたいたずらでクラス委員に祭り上げられてしまった僕は、少なからずその公演に責任を感じ、憂鬱な日々を過ごしていた。プロの演劇の技を盗むんだか何だか知らないが、演劇なんかのために大事な勉強時間を奪われるなんて・・・・・・。僕は仕方なく劇場にたどりついた。うすぐらくてほこりっぽく、どことなく胡散臭い空間。20年たった今となっては、その何が僕をとらえたのかよくわからない。ただ、その後毎月のようにそこに通い、客席にいた自分が、いつしかお客さまを迎える側に立っていることに大きな驚きを感じる。山手教会周辺の変貌ぶりからすれば、ここは重要文化財か何かのように変わっていない。しかも毎日観客を受け入れつづけていながら。どうも僕はここに来るといろいろと驚き懐かしみ考えてしまうのだ。そういう場所が今年限りでなくなってしまうと聞いて、僕はある感慨につつまれている。

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