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コラム

パリワークショップリポート安田雅弘

パリ/ワークショップ バニュ氏

連日の曇り空。晴れ渡った冬の東京に慣れている者には、ちとつらい。一瞬陽が出たと思うと、すぐどんよりに戻る。朝8:00だというのに薄暗い。夏、真っ裸になってでも、思い切り陽を浴びておかないと冬ビタミン不足になってしまう、というのもうなずける。

ワークショップは11:00開始。自炊の野菜スープと石のように固くなったフランスパンの食事をし、準備にとりかかる。内容は初日から変わらない。徐々にバリエーションを増やしたり、深めたりする。
感情に合わせてポーズを作る《2拍子》。今日は少し暴れてもらおう。喜びでも怒りでもいい、ボクが手を叩いたらそのポーズの感情を膨らませて思いきり動いてみて。
順番にやらせるが、なかなかのってこない。ある程度以上盛り上がらず、膠着状態になる。恥ずかしがって途中で勝手に集中を切り、やめてしまう奴がいて、驚く。「これはたまらん」みたいなことをフランス語で呟いている。「できないと言ってます」と通訳のドォミニックさん。

できないだぁ? できるかできないか、やったこともないクセに勝手に判断するな。自分の感情がどこまでのものか、お前のしょぼい自意識で把握できるほど人間は単純じゃないぞ。限界に挑戦する情熱も持たずに、恥ずかしがる資格を国家から保障されてるとでもいうのか。思い上がりもたいがいにしろ、バカ。
ドォミニックさんは心得ている。全ては訳さない。
「安田氏は思い切りやれ、と励ましています」。
男優のエリがかがみこんで、床に手を着く。
「気分が悪いんで、少し休んでいいですか?」
トホホ。何だこのモヤシども。
初日の《マッサージ》で泣き出したエヴァはその後体調が戻らず、全休。出来ない度合いは変わらないものの、根性があるだけシビウの俳優たちはすぐれていたのか。異国でルーマニアの連中を見直す。いやしかし、いいのか国家俳優がこんなレベルで。

13:00過ぎに食事休憩。食堂でジョルジュ・バニュ氏が待っていた。お久しぶりです。ルーマニア出身、パリ在住の氏は、元ソルボンヌ大学の教授で、演劇評論家。
この演劇評論家という職業、日本以外の先進国では非常に影響力を持っている。彼らの評価が作品の成否を社会的に定着させる、と言えばわかるだろうか。観客の入りに直接影響するし、作り手にとっては、来シーズンのスケジュールを決定づける可能性さえある。つまり作品のできがいいか悪いか、演出家や作家や俳優が買いか売りか、成長株なのか、安定したベテランなのか、巨匠の域なのか、そろそろ落ち目なのか。具体的な評価軸として存在している。演劇が日本よりはるかに社会に溶け込んでいるから相対的に演劇評論家の立場も重くなるわけだ。決して日本の評論家の先生方の水準が低いわけではない。

バニュ氏の知己を得たのは2009年のシビウ国際演劇祭。ボクらはシェイクスピアの「タイタス・アンドロニカス」を上演し、思いがけない高い評価を受けたが、その一端は間違いなく氏が担ってくれていた。彼の評価のおかげで、翌年翌々年の連続招待へとつながり、国立ラドゥ・スタンカ劇場で「女殺油地獄」の演出をするという成り行きに発展したのだ、と思う。
「『女殺油地獄』のできは?」
「まあ、何とか」
「安田くん、パリで公演しなさいよ」
そっか、おそらく今回のワークショップは、彼のお声がかりだったのだ。最初からそう言ってくれれば、余計な気をもまずに済んだのに。

午後。チェーホフ「かもめ」を材料に、受講生に5分程度のシーンを作ってもらう。最終幕、主要登場人物トレープレフとニーナの、若い男女の切ない場面だ。パリに住む受講生、当然のことながら数多くのすぐれた舞台に接していて、面白いアイデアの発表をしてくれる。トレープレフがニーナの腹の肌に「かもめ」と書きつけるもの。椅子で囲った監獄に閉じ込められたトレープレフに会いに来るニーナというもの。トレープレフの書いた原稿がセリフになっているもの。しかし、どうもぴんと来ない。頭で考えていて肚に来ない、というか見ているこちらの魂が一向に揺さぶられない。
「チェーホフが『かもめ』を喜劇と考えたのはなぜだろう?」と尋ねてみる。
ごたくを並べるものの要領を得ない。
「『かもめ』って喜劇なんですか?」という質問。
「少なくともチェーホフはそう書いているよね」
「その文章を読んでいないのでわからないのですが…」
「文章もくそもない。表紙の題名の脇に書いてあるよ『喜劇四幕』って」
「あ、ほんとだ」
その辺のウカツさ加減が普段つきあっている日本の学生を連想させて思わず苦笑してしまう。もっとも日本の大学の演劇科の連中はほとんどチェーホフなど知らない。ロシアの作家だからではない、近松門左衛門だって知らないんだから。どうしたもんかな・・・。この地まで来て日本の演劇教育を思うか。

(文中のジョルジュ・バニュ氏の写真は手元にないが、
「George Banu」で検索すると出てくる、髭とメガネの好々爺です)

腹に「かもめ」と書いた、 レナ(左)とエリ。

腹に「かもめ」と書いた、
レナ(左)とエリ。

椅子の監獄、 ピエール(左)とオロール。

椅子の監獄、
ピエール(左)とオロール。

打合せ中の マイリス(左)、ムスタファ、ロマン。

打合せ中の
マイリス(左)、ムスタファ、ロマン。

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