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パリワークショップリポート安田雅弘

パリ/ワークショップへ

突然、パリでワークショップをやることになった。

「アルタ」という学校なのか施設なのか、よくわからない所からの依頼。国立コンセルヴァトワール(高等演劇学校)の学生を対象としたマスタークラス、とメールにある。

――何かのお間違いではないでしょうか?
いいえ、あなたにお願いしました。
――パリはおろかフランスでは公演したこともありません。
DVDで拝見しました。
――《四畳半》という変わった様式で進めますよ?
それを、ぜひ。
――パリは不案内で…
空港までお迎えにあがります。

国立コンセルヴァトワールという学校はちょっと想像しにくい。そもそもコンセルヴァトワールは文化や環境の保全を目的とした組織の総称だが、演劇でいえば、国立はパリとリヨンとストラスブール3ヵ所だけで、定員は毎年30名。受験者は3,000人という超狭き門。全員の実技を見る一次試験は35人の審査員が3週間半かけて二次試験の160名に絞るというから、日本では想像できないような労力をかけて国家の演劇エリートを選抜していることになる。文化に力を入れているというのは、こういうことなのである。国立のほかに県立、区立のものもある。
他のワークショップ講師を見ると、国立コンセルヴァトワールの校長先生、ヨーロッパで活躍する演出家、そして三番目がボクだ。怪しげな企画ではなさそうだし、航空チケットも送られてくるし、11月の早朝、シャルル・ド・ゴール空港に着いた。

会場の「アルタ」はここを運営するジャンフランソワ氏の私設アトリエという印象(実際はもう少し複雑らしい)。氏は演劇教育では定評のあるパリ第8大学の教授で、太陽劇団の元俳優だ。太陽劇団はアリアーヌ・ムニューシキンという女性演出家が主宰する1964年創立の、とってもユニークで世界的に有名な劇団だ。
「演劇にしかできないこと」と
「劇団員の平等な権利」を追求する。
活動趣旨は山の手事情社にとても近い。
2001年に来日して、新国立劇場で「堤防の上の鼓手」を上演した。パリ南東の郊外ヴァンセンヌの森に本拠地を構えていて、「アルタ」もその中にある。

空港からヴァンセンヌの森の中の「カートッシェリー」という「アルタ」のある場所へ直行。カートッシェリーは「薬莢」のことらしい。英語ならカートリッジ。何か意味があるんですか? とジャンフランソワ氏に尋ねたが、「ないです」とのこと。そんなわけなかろう。地図を見ればヴァンセンヌの森には軍の施設が広がっている。弾薬工場か弾薬庫でもあったに違いない。ま、どうでもいいが。
「アルタ」は2階建ての一軒家で、1階にオフィス、会議室兼資料室、食堂、台所があり、2階にアトリエと宿泊施設がある。
アジアやアフリカなどからさまざまなゲストを呼び、ワークショップを開催しているようだ。演劇の題材を世界中に求める太陽劇団の影響が濃い。日本からは狂言の茂山家の方々がよく訪れているとのこと。
「日本の現代劇の演出家を呼ぶのは初めてです」。

2階のアトリエを通って、ドア1枚隔てた宿泊室に入る。部屋を出ればワークショップ会場というわけだ。
「買い出しに行きましょう」とジャンフランソワ氏。
「えっ?」
「台所に鍋もスパイスも揃ってる」
「はぁ…」
自炊、ということらしい。聞いてない。近所には食堂もスーパーもカフェもない。最寄りの駅は歩いて30分。ビール1本買うにも往復1時間歩くか、時々来るバスに乗るしかない。
レシピを思い浮かべる間もなく、勧められるままに大量の野菜を買って戻ると、
「これが、鍵。アラームのスイッチはここですから、また明日」と、帰ってしまった。
えっボク1人? 周りに人の気配はない。静かな場所で思う存分お仕事をなすってください。お邪魔はいたしません、ということなのだろうが、寂しすぎる。窓から隣の建物が見える。乗馬用の馬小屋からにたくさんの馬が顔を出している。聞こえてくるのは、いななきとひずめで壁を蹴る音。
地図上はパリだ。しかし、これ、パリじゃないだろ。

右側がジャンフランソワ氏。 もう一人は受講生のマイリス。

右側がジャンフランソワ氏。
もう一人は受講生のマイリス。

「アルタ」2階の宿泊室。 広さは十分。

「アルタ」2階の宿泊室。
広さは十分。

「アルタ」から見える厩舎。 乗馬する人たちの上半身が認められる。

「アルタ」から見える厩舎。
乗馬する人たちの上半身が認められる。

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