14/06/12

にごりえ

『命懸けのおめかし』

 明治時代のおめかしは手間がかかる。時に、命懸けだ。
 現代であっても、女性の美に対する欲望はすごい。
 どの時代でも、命懸けの執着を垣間見る事が出来る。

 現代では、過酷なダイエットをしたり、プチとは言い切れない整形手術をしたり、ただでさえ細いウエストを更に細くする為に肋骨の一番下の一本を抜くという話も聞いた事がある。
 自分の美しさにこだわる人達は、驚く程体を張っている。

 「炭水化物抜きダイエットだ」と言い張りながらも、「これはほら、液体だから」と何ら悪びれる様子もなくビールを飲んでは「痩せたい」と年がら年中言っている私なんかは、美を語る資格がない。
 しかし、こんなにも具体的に酒樽である私が、明治時代の美についての豆知識を語る。どうか、石を投げずに聞いて欲しい。


今公演の『にごりえ』の舞台は明治時代。江戸幕府が崩壊して、およそ20年程だろうか。江戸時代には数え切れない程の髪型の数があり、髪型を見るだけで、身分・年齢・未婚・既婚など、色々な情報が分かってしまうという。その身分制度もなくなった明治の頃には髪型の種類も縮小し、少しずつ簡素なものになっていった。
 『にごりえ』の主人公・お力が結っているのは島田髷。現代では、お嫁さんが結うことで知られている島田髷は、成り立ちは諸説あるが、男性の髷から派生した髷らしい。

 この髪型を作ってみようと挑戦してみた。ものすごく面倒臭い。色々な詰め物をしたり、つけ毛をしたり、一人ではまず出来ない。簡単に作れるものではない為か、一カ月程は髪も洗えないという話もある。臭いだろうし、かゆいだろう。寝返りも自由にうてないだろう。私なんかは三日目には発狂する筈だ。


 『にごりえ』の登場人物に、お初という主婦がいる。「まだらのお歯黒」と表されているのは、彼女が貧乏な生活に身を置いている事を表しているのだろうが、皆さんはお歯黒の実態をご存知だろうか?
 お歯黒とは、主に既婚女性が歯を黒く染める文化である。一度染めたら、未来永劫黒いままと思いきや、ちゃんと染まるまでは何度も塗り重ねる必要がある。
 注目したいのは、その染料。粥・茶葉・古釘などの鉄屑を混ぜ、二か月程発酵させる。そこに虫こぶと言う、アブラムシの卵がウジャウジャ詰まった物を混ぜた物が染料となる。素晴らしく臭く、不味いらしい。そんな物を丁寧に塗り込む結婚生活なんて、私はごめんだ。その情熱が理解できない。「いきおくれ」と後ろ指指されようとも、堂々とお断りしたい。

最後に、お化粧のお話。
 現代のファンデーションが、お肌に優しすぎる実に優秀なものであると噛みしめてほしい。
 明治時代に使用されていた白粉(おしろい)には、水銀や鉛が含まれており、庶民や遊女たちは主に鉛白粉を使用していた。これを薄く塗って擦りあげる事により、淡く白い肌に仕上げる。これが非常に危険な鉛中毒を引き起こす。主に神経や胃腸にダメージを与え、腹痛・めまいに始まり、最悪の場合死に至る。あまりに頻繁に起こるので社会問題にもなったが、値段と使いやすさから使用者も死者も後を絶たなかったという。化粧品が合わなくてニキビが出来る位の事で文句を言っている場合じゃない。
 当時の遊女達はこれに加え、仕事中の妊娠の度に猛毒を体内に取り込んでの堕胎を繰り返していた。どう考えても常に体調不良だったに違いない。そんな死と隣合わせな中で、芸を売り、春を売り、男たちを夢見心地にさせていたのだ。

 現代において、具体的に「命懸け」な状況を感じる事は、むしろ難しい事かもしれない。
 彼女達の命懸けの人生は経験できないが、自分たちの想像力で虚構の世界に浸って舞台に立つ事位は、私たちが出来るせめてもの「命懸け」なんだと忘れずにいたい。

辻川 ちかよ
 

14/06/11

にごりえ

『 唄で感じる『にごりえ』 の世界 』

7月の夏の盛り、私たちは『にごりえ』を上演します。

作品の中にはたくさんの音楽が登場します。
端唄、都々逸、常磐津、俗曲、清元…。
近くて遠い『にごりえ』の世界。
明治の銘酒屋街を一緒にぶらぶら歩いてみましょう!
 
物語の冒頭、お客が捕まらないお力の朋輩・お高が「昔は花よ」と嘆きます。
これは、「昔は花よ鶯なかせたこともある」という都々逸の文句を借りて、「昔は良かったな」なんて愚痴をこぼしているんですね。
そんなお高さんに何となく感情移入してしまうのは私だけでしょうか…。

場面は変わって、客の結城朝之助がお力の身の上を矢継ぎ早に質問する場面です。
お力は「天下を望む大伴黒主とは私が事」と言ってするりとかわします。
これは、常磐津「積恋雪関扉」で密かに謀反を企てている大伴黒主のように私は危険人物かもしれませんよ、という粋な冗談なんです。
こんな風に言われたら、確かに惚れてしまうかもしれませんよね。

その後、結城朝之助はお力のもとに通いつめます。
何か通じ合うものがあるのでしょう。
結城とお力が2階座敷にいる夜、下座敷から「甚句かっぽれ」の大騒ぎ聞こえてきます。
賑やかな銘酒屋の様子が目に浮かびますね。
「かっぽれ」とは現在でも唄われる俗曲で、軽やかな踊りと耳馴染みの良い唄が心地の良い曲です。

昔も今も、日本人はお祭りが大好きです。
盆の7月16日、銘酒屋は大変な盛り上がりの中、絶え間なく唄が聞こえてきます。
客人が調子を外して気持ちよく歌う端唄「紀伊の国」、ひどいダミ声で「霞の衣衣紋坂」と唄う清元の「北州千年寿」も聴こえてくるようです。
そんな騒ぎの中、お力が求められて唄いだしたのは「我恋三下り」(お座敷三下り)という端唄です。
お力の心の中を見事に映し出している曲です。

いかがでしたか。音楽で感じる『にごりえ』の世界。
庶民の文化や芸能は色恋とは切っては切れない繋がりがありますね。
気持ちの伝え方が何とも素敵です。
目で耳で、全身でこの時代を体感してみてください!
曲が聞きたい方は、ぜひTwitterやFacebookにて順次ご紹介しますのでご覧下さい!!

レッツアクセス→https://twitter.com/yamanotejijosha

安部みはる
※写真:樋口一葉のゆかりの地を巡るツアーより

14/06/10

にごりえ

『裸・文学・樋口一葉』

江戸時代から明治前半にかけて、庶民の男は褌一枚、女は腰巻き一枚で日常を過ごしていたという。

しかし文明開化後、西洋では裸を晒すことが恥ずかしいことだということを日本人も知り、裸を徐々に隠すようになったらしい。

わずか150年前のことだが、裸に対する考え方が今とは180度違ったのだ。それとは別に文学は、というと、文語から口語に変わった時期でもある。樋口一葉はそういう価値観の転換期を生きた人だ。

そして男尊女卑が当たり前で、女性は男をたてる慎ましい女になりなさいと教育されていた時代。早く嫁にいき、夫に尽くすのが女性の生き方だった。

もしかしたら樋口一葉はそこに“否”と唱えたかったのかもしれない。『にごりえ』はそんなことを思わせる。

男女平等とはいってもまだ平等とは言いきれない現代にも、十分響く作品だと僕は思う。

ぜひ劇場へ観に来て下さい!!

谷洋介
※写真:樋口一葉のゆかりの地を巡るツアーより

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