稽古場日誌
自己紹介的なことを書いてくれと言われ、ちょっと考えこんでしまった。
紹介する自己ってそもそも何だ?
普段の自分ということなら、別に紹介するほどのこともない。
おおよそ魅力に欠けるただの暗い男である。
ただし僕の内側というか心の奥は意外とにぎやかな世界だ。
僕の中にはいろいろな人々が住んでいる。
血肉化されていると言ってもいい。
誰でも同じだとは思うが、人生の中で出会ったいろいろな先輩、友人、先生、テレビの芸能人、映画の登場人物、アニメキャラなどがたくさん記憶の中にあるはずだ。
僕もそうだ。
しかしその中の何人かはさらに僕の身体の感覚まで浸食していて、僕の一部を作り上げてしまっている。
住んでいるのだ。
いやむしろ、誰でもないオリジナルの自分などというものはほとんどないと思えるのである。
一人の人格は生まれてから今まで関わった無数の他人の影響の結果だ。
ただ俳優はある程度それを整理していつでも取り出せるようにしているだけだと思う。
僕は芝居で演技を模索しているときに、自分の中に住んでいるその人達に久々に会いにいく、という感じだ。
だから逆に自分の中に住んでいない人を演じることはできないなあと思う。
「テンペスト」の中のプロスペローのセリフ、『人間は夢と同じもので織りなされている』とはよく言ったものだ。
「夢」という言葉を「記憶」とか「想像力」とかに置き換えてしまえば、普段の僕らの感覚となんら変わらない。
自分で自分だと考えている自分なんて、結構あやふやなものなんだろう。
そんな自分が見ている現実世界だって、やはり怪しいものだ。
僕はそんなことをぼんやり考えている男だ。
山本芳郎