稽古場日誌
こんなに素敵で懐かしい興奮を起こさせる場所が日本にあったのか。
もっともっと多くの人にこの場所を知ってもらいたい。
客演で滞在していた鳥の劇場は、そんな風に思わせてくれる場所でした。
砂丘と梨とゲゲゲの鬼太郎くらいしか思いつかない鳥取県でしたが、それは違います。
鳥取には鳥の劇場があります。
ご存知でしょうか、鳥の劇場。
鳥取市内から車で30分ほどの鹿野町という場所で、地元の使われなくなった小学校と幼稚園の校舎を劇場に改装してユニークな演劇活動している団体です。
公演以外にも、県内での演劇普及活動や学校でのワークショップなどを驚異的なスケジュールで行っています。
鹿野町のたたずまいはのんびりという一言に尽きます。
小さいながらもかつての城下町。住民と行政が一体となった町作りがなされていて、家々はみな昔の商家のような和風の建物に統一されています。
ところが町にはほとんど人が歩いておらず、お世辞にも観光地とは言いがたい。
まるで古い写真の中の懐かしい風景のように時間が止まっているような感じで、現実感覚をなくしてしまいそうなほどなのです。
コンビニはなく、古民家風のパン屋やカフェや食堂などは数軒あるのだけれど、果たして商売が成り立つのかと心配になります。
それでも町の路地をいつまでもどこまでも歩いていけそうな優しい気持ちにさせてくれる。
とにかく、都会の時間の中を生きていた自分が恥ずかしくなるような、なにやら恐ろしいほど落ち着いた不思議な町なのです。
そんな田舎の町で、演劇がしっかりと地域に根を下ろし大人から子供までたくさんの地元住民と結びついている。
その一体感は噂では聞いていましたが、実際に現場で味わってみると想像以上でした。
演劇が地域の人々によって支えられ、地域も演劇によって全国的に有名になって地域の誇りになっていく。
そんな、演劇界では随分前からスローガンのように叫ばれている言葉ですが、その「実際に実現しようとしている姿」を見せつけられました。
そしてこの鹿野町で毎年この時期に開かれる「鳥の演劇フェスティバル」。
今年はその10周年。
海外からの招聘作品や、演出家を招いて地元の参加者と作る作品、障害のある人達と作る作品など、大人向けから子供向けのものまで多彩な演目で行われました。
今回僕が参加した作品は、演劇祭のオープニングの演目で、「NIPPON CHA!CHA!CHA!」という如月小春(きさらぎこはる)原作の作品。
内容としては、オリンピックへ向けての重圧に押しつぶされ消えていったマラソンランナーを通して、身の丈に合わない狂乱の繁栄に沸いていた日本社会を痛烈に批判し、同時に日本人の健気さ、愛おしさを語っている作品とでも言えるでしょうか。
戯曲が書かれたのは30年前のバブル時代、物語の世界はたぶん64年の東京五輪のころ、そしてふたたび東京での開催を控える現代の日本、この三つの時間が入れ子構造で交錯します。
普段は割と海外の古典作品の上演が多い鳥の劇場ですが、今回はバリバリの80年代演劇です。
しかもこの作品、やたらと歌が多く、稽古時間の多くを歌に割きました。
なんだか《四畳半》とはだいぶ違う芝居にかなりアウェーな感じを抱きながらも、なんとか頑張ってきました。
原作の戯曲を最初に読んだときは、ちょっと気恥ずかしく古いなあという印象しかありませんでした。
山の手事情社が80年代の演劇ブームの波に乗って活動を始めながら、それまでのスタイルから決別する感じで現在の様式的なスタイルに行きついているため、僕自身いわゆる80年代演劇みたいなものはもはや過去の遺物くらいにしか思ってなかったのです。
ところがそんな一見漫画的な印象の戯曲も演出の中島諒人さんの手にかかると、不思議と人間のあり方を深くえぐり出した寓話的な物語のように見えてきた気がします。
30年前の戯曲がこんなかたちで現代を写し出す作品としてよみがえるとは驚きでした。
稽古初日から立稽古というスピードには面喰いましたが、
それにしても劇場の中に舞台装置が二か月前にすでに出来上がっており、そこで稽古を繰り返すことが出来る。
また音響さん照明さん舞台監督さん、ほかにも映像や音楽の専門家と二か月前から実際の舞台で試行錯誤を繰り返すことが出来る。
東京の小劇場では考えられない、なんという恵まれた環境なんでしょう。
鹿野町に腰を据えている鳥の劇場の皆さんの猛烈な仕事っぷりにはただただ感心、数週間の滞在の間お世話になりっぱなしでした。
外部スタッフの連帯感も強く、それもこれも、この鹿野町という不思議な場所の魅力が作用しているような気がします。
野外のオープニングパーティでは地元の観客のみなさんたちといっしょに盛り上がりながら、小さな町ながらも、演劇とそれを行う劇場という場所が地域の人々にとってかけがえのないものになっていることに感動していました。
ここに至るまでには中島さんはじめ鳥の劇場のみなさんのとてつもない努力と蓄積があったことと思いますが、
ホントに奇跡的な場所なんだなと感じた次第です。
山本芳郎