稽古場日誌

テンペスト(2018年) 大久保 美智子 2018/06/21

人生初ブラボー

今回の旅では人生初が沢山ありました。
その中でも私自身、結構気に入ってるのが「思い切ってブラボーと言ってみた」ことです。
今までお芝居を見て「これは素晴らしい!」と心底感動したとしても、立ったり、叫んだり、ということはありませんでした。手が真っ赤になるほど拍手することはあっても、同業者ですし、 何かこう、プライドのようなものが邪魔をして、恥ずかしかったのです。
アンケートも書いたことがありません。他人のお芝居は勉強するものという強い思い込みがあるのかも知れません。
実際私たちは、お客さまとは違ったお芝居の見方をしていると思われます。お客さまが「わっ!」と驚くような仕掛けでも、大方は「なるほど」「そうくると思った」となります。逆にお客さまが流して見てしまうところで「あれをやるのは相当難しい」「どうやったらあんなことができるのか?」と、賞賛やまない時もあります。
無垢な子どものような目で見てみたい……。と願っても、それが無理なのはよく分かっています。また目が肥えないと楽しめないことも多く、落語や講談が今とても面白く思えるのは、お芝居を見倒して、自分も経験を積んだからこそなのだろうな……。と思います。

話を戻しまして、私が「ブラボー!」と叫んだのは、ルーマニアのガブリエル・ビンテさん演出の『マクベス〜夜の心』という作品でした。
ルーマニアの俳優さんは、何故だか、大きく見えます。ヨーロッパの中で体格では劣るはずなのに、輪郭がハッキリと「存在」しています。私は嫉妬します。私たちが《四畳半》をやっているのは、古典的な人物を現代に降ろしてくるには、身体に何かしらのバイアスが必要なのではないか? という仮説からです。でもルーマニアの俳優さんたちはもう、出てくるだけで古典の人物に見えるのです。
立っているだけで匂い立つ、というのは最も憧れるところです。このお芝居でも、最初にマクベス、バンクォー、マグダフ、とゾロゾロ歩いて出るだけなのですが、それが格好いい。この人たち、人を殺して今帰ってきたように、何故か見える。そして、演技がまた、ものすごく抑制されていました。はっきり言って《四畳半》より止まっていました。止まることの意味を、私たちより深く理解しているようでした。表情はほとんど動かさず、説明のための演技はほぼ皆無。それが逆に豊かでした。
マクベスは主君ダンカン王を裏切り殺すのですが、そのダンカン王の登場も、ほぼセリフはなく、しかしマクベスに向かってくるヨロヨロの歩み、身体のベクトル、表情などから、マクベスを心から信頼し愛していて、労っていることがビンビンに伝わります。セリフの言い方ではない、これが肉体の演技だと思います。
私の心はすっかり捕まれました。同時に悔しくて泣きそうになりました。「私は何をやってきたんだーーー!!!」
終演後、気づいたらブラボーと叫んでいました。誰も叫ばなくても私は叫ぼうと何となく決めていました。恥をかいてもいいや。だってこれブラボーだよ。
無理してやることは全くないと思いますが、感動した時に感動したと表現するのは悪くなかったです。スッキリしました。日本でブラボーしないのは、相応の作品がないというのもありますが、往々にして周りをみて浮かないように、という意識が働いています。

常々、日本の野球のレベルは高いのに、何故大リーグに行きたがるのだろう? とボンヤリ思っていました。松井選手が「あんな球場の雰囲気は日本では味わったことがない」というような事を言っていて、あぁシーンの盛り上がりというのはパフォーマーだけではダメなんだな……。と思った覚えがあります。演劇界を盛り上げるには、作るばかりでなく、観客として褒めたり、ブーイングしたり「私はこう受け止めましたよ」と表現していく方法もあるのだなぁと思った次第です。

大久保美智子

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『テンペスト』ヨーロッパツアー報告会
■日時:2018年8月5日(日)15時~
■会場:大田区民プラザ 展示室
■料金:無料
■予約・問合せ
劇団山の手事情社
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