稽古場日誌
テンペスト(2018年) 山本 芳郎 2018/07/30
いつものことながらたくさんの人間のチームワークによって無事に乗り切れたヨーロッパツアーでした。
ところで今回プロスペローが使っていた小道具の本も、人間ではありませんが最後まで僕を支えてくれたもののひとつでした。
小道具と言えど、舞台上でラストまで手放すことはなかったので、衣装と同じく一心同体。
大袈裟に言えばいっしょに演技を考えてきた同志みたいなものです。
その小道具の本。
初演でプロスペローが普通に杖をにぎっていたスタイルを、代わりに本を持つことにして妄想と魔法の象徴にしたものです。
初演からの大きな変更点のひとつです。
芝居世界を意味付けるものなので、目立つようにひときわ大きく、派手な装飾も施されています。
構想から考えれば完成まで約一か月。
ひとりで作ったものではありません。
演出助手の河合は本物らしさや耐久性や使い勝手など様々な試行錯誤を繰り返し、若手の有紗は観客席からの見える角度まで計算に入れたこだわりの文字デザインを描いてくれました。
ユザワヤで買い込んだ材料で忙しい稽古の合間に細かい装飾を施してくれたのはベテラン女優の美智子。
みんなが寄ってたかって魂を込めて作り上げてくれたものです。
ところでこのプロスペローの本、実は双子です。
万一上演中に本が壊れてしまい使えなくなった場合の保険として、まったく同じものをもう一冊作ってもらったのです。
みんなに余計な労力をかけてもらい出来上がった二冊目は一冊目以上に完成度が高く、使うのがもったいない! と思ってしまうほどの美しい出来栄えでした。
ところが、この二冊目の本はツアー中は常に舞台裏にスタンバイしていましたが、一冊目が壊れずに最後まで頑張ってくれたおかげで結局一度も活躍することなく無傷で成田に戻ってきました。
二冊目を使うことがなかったということはつまり事故が起きなかったということです。
だから悪いことではないのですが、それにしてもしっかり作られた小道具なので、ちょっともったいない気がします。
こんなこともありました。
ツアーの大詰め、いよいよルーマニア・クライオーヴァの本番前日に一冊目がさすがに劣化してきたので、予備の二冊目に急遽汚しの仕上げ塗装をかけてすぐ使えるようにスタンバイしたことがありました。
最後の本番でいよいよデビューか、頑張ってくれよ! と舞台袖の小道具机に念を込めて用意しました。
しかし結局一冊目を修繕してどうにか乗り切れそうだったので、ぎりぎりになって二冊目は出番なし。
これがもし控えの新人俳優だったら可哀そう。
怪我をした主役の代役としてメイクまでしてスタンバイしておきながら、本番開演直前に「やっぱオレ舞台立てるから、ごめんね、ありがとう!」と言われて黙って泣きながら楽屋でメイクを落とすみたいな感じです。
この一度も使わなかった馬鹿でかい小道具をスーツケースに詰めて日本からの行き帰り運んでくれたのはベテラン女優の淳子。
こうして幻の二冊目は日の目を見ませんでしたが、やはりこの二冊目が控えてくれていたからこそ僕も心置きなく芝居をやれたわけなので、そこは感謝です。
その恩に報いないと。
いつかもう一度使うことがあったなら、ホントにいい芝居を作り上げないといけないですね。
小道具だけの話ではないですが、こうやってヨーロッパで公演をうてるのもいろいろな運が重なってのこと。
日本にいると絶対に見てもらえないような地球の裏側の観客から熱い拍手をいただけるのも何かの縁。
運と縁でつないだものを恩で返す、そんなところに来ているんじゃないですかねえ僕らは……などと思っています。
山本芳郎
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『テンペスト』ヨーロッパツアー報告会
■日時:2018年8月5日(日)15時~
■会場:大田区民プラザ 展示室
■料金:無料
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劇団山の手事情社
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