稽古場日誌

読書、スマホ、睡眠……みなさんは電車内でどのように過ごしていますか?
僕は今までイヤホンをして音楽を聴いたりYouTubeを観たりして時間をつぶしていました。しかし最近ではイヤホンをしなくなりました。

ある平日の朝、京浜東北線でいつものように音楽を聴こうとイヤホンを付けようとしたその時、車両の反対方向からなにやらスケベな声がきこえました。
最初は「あ、サカってんな」くらいにしか思っていませんでしたが、次第に増していくスケベ度合いに、我慢できなくなった僕は声のする方を一見しました。
するとマスク越しにキスしている若いカップルがいたのです。僕はそんなキスの仕方があるのかと感心しました。感心は次第に興奮へと形を変えていきました。
彼らはマスクの下でどんな表情をしているのか、電車を降りたらどこに向かうのか、家に着いたらまず何をするのか、ガン見されていることに気づいているのか。
そもそもこれはキスなのか、朝食後に歯は磨いたのか、行為は激しめ? それとも淡白? マスク越しのキスの匂いと感触は?
もし彼らが普通のキスをしていたら、サカっているなで終わっていたと思います。
しかしマスクをしていたことで僕の妄想がどんどん膨らみ、結局彼らが下車するまで見守りました。
今回の事を通して僕は彼らに教えられました、マスク越しキスの存在と可能性を。
プラトニックでありながら性のにおいを感じさせ、分かるようでいて分からない感触、直接したいのにできないもどかしさ、チラリズム……もしかしたら普通のキスよりもスケベなのではないかと。
彼らの下車後、見てはいけないものを見れた興奮と満足感から電車での時間はあっという間に過ぎていきました。

小声でキレているサラリーマン、子供の受験の話をしているママ友、部活帰りのイキっている高校生、馬鹿みたいに大きな声の外国人夫婦、何日も風呂に入っていないであろう悪臭を漂わせる旅人、そして彼らを見守る僕、イヤホンをしていた時は気づかなかったけど、電車には色んな人が乗っています。そしてたくさんの「面白い」を僕に見せてくれました。

演劇はそんな「面白い」をみんなと共有する場所であると思います。自分が味わい感じた事、楽しいだけではなく思い出したくもない恥ずかしい事やつらい事、全部含めて「面白い」です。

ニュージェネレーションの稽古では台本は使わず、そんな各々の「面白い」を使って色んなシーンや人物を作って来ました。当然ですが7人全員が違う「面白い」を持っています。
そして1年間の稽古を通して「面白い」を共有してきた事で、少しですが、自分は勿論、みんなが何を感じていて、どう生きてきたのかがわかった気がします。
『ほんのりレモン風味』はそんな「面白い」がこれでもかと盛り込まれています。それらは電車内での彼らのように、イキイキとしています。ですから電車での僕のように、イヤホンを外しガン見して下さい。しんどくて嬉しくて悲しくて気持ち悪くてよく分からない、そんな僕たちを。

グッバイ、イヤホン!

鍵山大和

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『ほんのりレモン風味』omote

ニュージェネレーション公演『ほんのりレモン風味』
日程:2022年2月23日(水・祝)~27日(日)
会場:大森山王FOREST

詳細は こちら をご覧ください。

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