稽古場日誌

デカメロン・デッラ・コロナ 谷 洋介 2023/02/11

ペストと『デカメロン』

『デカメロン』は14世紀中ごろ、ヨーロッパを中心としたペストの大流行をもとにボッカッチョによって書かれた作品です。
ペストから逃れて、田舎の領地にやってきた男女10人が、1人一話ずつ、十日をかけて語る話です。冒頭の「第一日まえがき」では、ペスト禍の人々の生活が生々しく描かれています。

ペストの病原体はペスト菌で、ネズミなどのげっ歯類に寄生するペスト菌を持つノミにヒトが噛まれて感染します。ペスト菌がヒトの体内に侵入すると、リンパ節のある首や脇の下に激痛を伴う腫物ができます。ボッカッチョはこれをリンゴから卵くらいの大きさと書いています。やがて敗血症によって皮膚に黒い斑点が現れます。このように黒い斑点が出てしぬことから、「黒死病」とも言われます。当時の致死率は50~70%で、1億人ほどだったヨーロッパの人口の3分の1が死亡したとされています。
ペストは主に腺ペストと肺ペストの2種類に分けられ、肺にペスト菌が侵入する肺ペストはさらに致死率が高く、発症後24時間以内に死ぬとされています。
感染経路は、ノミによる感染のほか、接触感染、飛沫感染もあります。肺ペストはノミを介さずに、ペスト菌で肺炎になった患者の咳でヒトからヒトへ感染するので、感染率が飛躍的に上がります。これにより、ペスト流行に拍車がかかったのです。

フィレンツェの住人であったボッカッチョがこの黒死病に遭遇したのが35歳のときで、『デカメロン』に次のように体験を記しています。

「教会という教会には毎日、いや毎時、人の死体が運び込まれました。これだけ大勢の死体を見せられると、教会の墓地ではとても足りないことがわかります。どこもかしこも地所は満杯です。昔からの慣習に則って一人一人にそれにふさわしい区画の墓地を与えるなどとても無理な相談です。それで教会は新しく教会の墓地に大きな溝を掘りました。そこへ何百人という遺骸を並べて寝かせました。船の船倉に荷物を層から層へと積むような具合です。上までぎっしり詰まると、そこに僅かの土をかけて表面を覆いました」

想像を絶する世界です。フィレンツェの街には、家から放り出された人の死骸や路上で生き途絶えた人の死骸がいたるところに転がっていたのです。
そのような状況で、しかも当時は病気の原因も全くわからない。自分だけは死にたくない、という欲望からみなパニックに陥り、病気に罹った者は家族だろうが友人だろうが見捨てられ、看病も同情もされることなく死んでいったそうです。

今、世はコロナ禍です。
この中世のペスト禍に比べれば、まだマシかもしれません。
全世界のこれまでの感染者と死亡者の数の割合でいうと致死率は10%ほどで、今はそれよりも下がっているようです。

しかし、日本でコロナが流行り出したころ、人々はテレビやSNSなどの情報に踊らされていたなぁと思います。今はそれほどでもなくなりましたが、当初はコロナに感染した人たちを見放すような傾向があったように思います。
私は、今回『デカメロン・デッラ・コロナ』に向けてこのペストのことを調べたとき、中世のヨーロッパの人たちと今の人たちと何も変わらない、と感じました。
得体のしれないものへの恐怖で、異常に何かにすがろうとする人間の怖さを、コロナ禍でも多くの人が感じたのではないでしょうか。

と言っている私自身も、死への恐怖に直面したとき、正直何をするかわかりません。
『デカメロン』で語られている物語には、自分の欲望のために平気で人を殺してしまうような話がたくさん出てきます。笑ってしまうくらい殺してます。
でもそれが、人間なんだと思います。

谷 洋介

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劇団 山の手事情社 公演『デカメロン・デッラ・コロナ』
日程=2023年3月24日(金)~26日(日)
会場=池上会館 集会室

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公演情報は こちら

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