稽古場日誌

かもめ ルーマニアツアー 谷 洋介 2023/06/12

私とトレープレフ

『かもめ』の主人公であるトレープレフは、最後になぜ自殺するのか。
2019年の初演のときも私はこのトレープレフを演じたのだが、当時、その自殺の理由は正直なところハッキリとわからなかった。
ニーナへの想いが断たれたから? 母であるアルカージナが自分を一向に認めてくれないから? 人の行動すべてに理由があるとは言いきれない、理由なんてないのかもしれない、と考えていた。

しかし、コロナ禍を経て、この作品を読み返してみると、そのときわからなかったことが少しわかる気がする。

トレープレフは作家になることを夢見る青年だ。
これまでの形式にとらわれず、今まで誰も書いたことのないような斬新な作品を生み出していく作家こそが自由だと考えていた。しかし、彼は本当に、心の底から作家になりたかったのだろうか? という疑問が湧く。
「自分はあなたたちのようになりたくない」という反骨精神で作家になろうとしたのではなかろうか。周囲の人たちができなかったことをして自由になろうという理想にとらわれていたのではなかろうか。トレープレフは周りや他人を意識しすぎていたのだと思う。

そしてトレープレフは物語の終盤で気付く。
「新しい形式なんか念頭におかずに魂の中から流れ出すからこそ書く」のだと。そのとき、同時に自分にはそもそも書きたいことなどなかったと気付いたのではないか。だから自殺したのではないかと今は考えている。

私は20代前半から演劇を始めた。若いころは勢いでやれた。
しかし40を過ぎると、いろいろ迷うことが出てくる。本当に好きじゃないと続けられない、と思う。まして、コロナ禍になって芸術は不必要なものとされてしまったように感じることが多い。
そんな中、演劇を続けていくには、周囲の人たちのことはひとまず置いておいて、自分が死ぬほど演劇が好き、という気持ちがなければこの先やっていけない。

トレープレフという役に、そんな私を重ねている。
本番までまだ時間はある。まだまだ変わるかもしれない。

谷 洋介

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『かもめ』ルーマニアツアービジュアル

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