稽古場日誌

夏の夜の夢 有村 友花 2024/07/04

あばたもえくぼん

それは昔、私が高校生の頃のお話。
高校1年生の春、私の通う女子校に若い男性の非常勤講師のK先生がやってきた。
K先生は世界史の先生で、オーダーメイドのピッチピッチのスーツを着て、アホ毛が妖怪アンテナのようにピンと1本立っていた。大人でかっこいい! 全てが素敵に見え、私は一目ぼれをしてしまったのだった。
その日から私の片思い生活が始まった。話しかける勇気はなかったが、世界史の授業は一番前の席で受け、先生の車を覚えて出勤を確認し、職員室の前をうろつく。今思えばストーカーだけれど本人はこれぞ恋! と思って楽しんでいた。
ある日、友達が「K先生のことが好きだから協力してほしい」と相談してきた。断るかどうか悩んだ……いや悩まず「素敵、手伝うよ」と返事をした。どうせ1人じゃ話せないし、友達に協力する事を口実に私も先生に会い、甘い蜜を吸おう! そんなことを考えていた。私の頭の中は先生のことでいっぱいで、友情よりも恋となっていた。なんて奴だ。

協力者がいると人とは気が大きくなるもので、授業後に2人で先生に質問をしに行き、お昼休みは食堂に行き先生と同じ席を取り一緒に昼食をとった。
しかし、人生はそう上手くいかなかった。
話上手な友達は先生と楽しく話していたが、話し下手な私は2人の会話を聞くばかりで全く話せなかった。最初の思惑通りにはならず、素直に友達に協力しているだけ。だんだんと友達への嫉妬心が芽生えてきて1年後、ついに耐えられなくなった私は友達を裏切ることになる。

高校2年生のバレンタインデー。
私は友達に嘘をついて、こっそり先生に手作りのクッキーを渡しに行った。
夕方、西日が差し込む職員室前の廊下、勇気を振り絞り先生にクッキーを渡した。初めて作ったアイスボックスクッキーは、正直見た目は最悪で白と黒の部分が全て混ざり原型をとどめていなかった。でも「手作りが好き」と言っていた先生のことだから、きっと喜んでくれると思い渡したのだ。

しかし、クッキーを見た先生は「新手のテロか何かですか」と苦笑いをした。喜んでくれるはずだったのに、ショックだった。しぶしぶ受け取ってくれたが、その後は何を話したらいいかわからず無言。普段何を話していたのか、どんな話題が盛り上がるのか、何一つわからず気まずさで胃が痛くなり急に汗が噴き出て恥ずかしくなり、私は理由をつけてその場から立ち去ってしまった。

私の恋は終わった。
先生は私の思っている人とは違ったのだ。
ふと我に返ると、先生のことなんて何も知らなかったのではないか、そう思う。恋をしている自分に盛り上がっていただけで、勝手に想像上で素敵な人を作り上げていただけではないか。
また、恋のライバルがいることや嫉妬に狂い、気持ちだけが膨らんでしまった。
恋は盲目であった。

『夏の夜の夢』はアテネの若者達の恋、公爵達の恋、妖精達の恋、と恋にあふれている。
作品の中でヘレナという若者が「恋は目で見るものではない、心で見る」と語っている。
「現実を見ているのではなく、心のままに捉えて見ている」というように私には聞こえて、少し耳が痛くなる。
そして、この作品の恋たちもそうであるような気がする。皆、盲目で心のままに捉えて膨らんでいく恋に翻弄される。けれど、そのせいで起きる乱痴気騒ぎがとても面白いのだ。恋たちの行方はどうなるのか、それぞれの終着地を見届けていただきたい。

さて、ずっとやってみたいと思っていた作品『夏の夜の夢』に出演できることはとても嬉しいです。シェイクスピアの奥深い戯曲に冷や汗ですが日々色んな発見のある作品、どう仕上がるかワクワクが止まりません。7月27日から始まる公演ではいい夢を皆様に届けられるように頑張ります。アトリエでお待ちしております。

有村友花

※ 舞台写真:『デカメロン・デッラ・コロナ』(2023年) 

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若手公演『夏の夜の夢』
日程=2024年7月27日(土)~8月4日(日)
会場=山の手事情社アトリエ

詳細は こちら をご覧ください。

『夏の夜の夢』2024omote 夏夢チラシ 裏【完成A4】追加公演入り

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