稽古場日誌

葵上 安部 みはる 2026/02/17

けふはかかる日なりき

如月九日月曜日小劇場B一に劇場の下見
いとこぢんまりとしまらうと席と舞台近し
丗分ほどまらうと席や楽屋見定め劇場を後にし稽古場に向かふ
一昨日の雪の後外の空気冷え指先冷たし
半ばの商店にうまからむ花椰菜と小型赤茄子を買ひき
小型赤茄子はあとにおやつにせむ
稽古場にははやく至れる劇団員が何名か体をほぐしつつ昔もらひし恋文や誕生日のこころざしの物語せり
けふの稽古はみぎり転換より
みぎり転換をかく一生懸命稽古する劇団は他ならむや
短きみぎりにもほどかかる
その後週末に演出より回文の来たりし加への文の吟味も行ふ
みぎりとみぎりのつながりや一切を通してあらはさまほしきことをひとつひとつ見定めつつ稽古を進めゆく
能の葵上の筋は一見わかりやすし
難きは書かれたることの裏側に膨大なる風景描きと心地の隠されたるところなり
歌もひとつの言の葉に三つも四つも心含まれたり
さる難解なほ芝居なれどわかりやすくする工夫もせり
例へば源氏物語の中の雨夜の品定めのみぎりなり
をとこどもがすだきて理想のをんなとはいかなる人なるか意見換へ始まる
このみぎりを今人にも平安世の感覚の分かるやう旨く造るあらましなり
平安世も今とさもうつろはずなとにやりとしぬ
昨年長月に葵上の稽古始まり我は長月より今に至るまでおほかた週六日なんらかの稽古しせり
しあわせなることなれどすずろにこうじの抜けぬけふこのほど
時々ぼんやり遠くを見つる露の間あり
この稽古の日々はとこしへに続かずや
されど否応なしに時は流れ始まりしためしは終はりを迎ふ
葵上や六条御息所の苦悩の日々ももはや千年も前の物語なり
千年後誰か我らのお芝居のことを知れる人やあらむ
などふと考ふ
誰も知らずべし
今、この時やむごとなく葵上を演じるべく稽古稽古なり

 

「今日はこんな日だった」

2月9日月曜日、小劇場B1にて劇場の下見。
とてもこぢんまりとして客席と舞台が近い。
30分ほど客席や楽屋を確認して劇場を後にし、稽古場に向かう。
一昨日の雪の後、外の空気が冷えていて指先が冷たい。
途中のマルエツでおいしそうなカリフラワーとミニトマトを買った。
ミニトマトはあとでおやつにしよう。
稽古場では、すでに到着していた劇団員が何名か体をほぐしながら昔もらったラブレターや誕生日プレゼントの話をしている。

今日の稽古は場面転換から。
場面転換をこんなに一生懸命稽古する劇団は他にあるだろうか。
短い場面でも時間がかかる。
その後、週末に演出から連絡が来ていた追加のテキストの検討も行う。
場面と場面のつながりや、全体を通して表現したいことをひとつひとつ確認しながら稽古を進めていく。

能の「葵上」の筋は一見わかりやすい。
難しいのは、書かれていることの裏側に膨大な風景描写と感情が隠されているところだ。
和歌も、ひとつの言葉に3つも4つも意味が含まれている。
そんな難解なお芝居だが、わかりやすくする工夫もしている。
例えば「源氏物語」の中の「雨夜の品定め」の場面だ。
男性たちが集まって、理想の女性とはどんな人なのか意見交換が始まる。
この場面を現代人にも平安時代の感覚が分かるよう美味しく料理する予定だ。
平安時代も現代と大して変わらないなとにやりとしてしまう。

昨年9月に『葵上』の稽古が始まり、私は9月から現在に至るまでほとんど週6日なんらかの稽古をしている。
しあわせなことだが、なんだか疲れが抜けない今日この頃。
時々ぼんやり遠くを見てしまう瞬間がある。
この稽古の日々は永遠に続くのではないか。
しかし否応なしに時は流れ、始まったことは終わりを迎える。
葵上や六条御息所の苦悩の日々も、もはや千年も前の話だ。
千年後、誰か私たちのお芝居のことを知っている人がいるのだろうか。
なんてふと考える。
誰も知らなくてもいい。
今、この時を大切に『葵上』を演じるべく稽古稽古だ。

安部みはる

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劇団 山の手事情社 公演『葵上』
日程=2026年3月3日(火)~8日(日)
会場=小劇場B1

詳細は こちら をご覧ください。

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