稽古場日誌

テンペスト 岩淵 吉能 2014/12/14

町娘

先日、親父が亡くなりまして、
その流れで実家に帰省したのですが、
ずいぶん懐かしいものが出てきました。

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中学時代、学校から定期的に届けられる情報誌「江刺一中通信」。
表紙は、僕の写真が一面を飾っています。
女装姿で。
なんでも、父方の実家の近所に当時の校長先生がまだご健在で、親父の訃報を伝えに挨拶に伺った所、その情報誌を引っ張りだして来て渡されたということでした。
校長先生とは深い付き合いがあったわけではないのですが、先生の粋な計らいにはとても感服いたします。岩淵家に限ったことでもないでしょうから。
当時、中学校で文化庁の芸術鑑賞教室というのがありました。それは、お芝居鑑賞だけでなく、扇子等を使って所作の体験などもするというようなものだったみたいですが、その一つに、全校生徒たちには内緒で5人の生徒達が歌舞伎の役に扮装して登場するという企画がありまして、なぜか僕もその一人に選ばれたというわけです。
僕の役は「町娘」でした。
この写真を見て、おふくろや兄貴達は、「ああ、やっぱりそういうことが好きだったんだね」「今のお前の原点だ」的なことをいうのですが、僕の認識は全くそう言えるものではありません。むしろ苦い記憶だったなと認識しています。苦々しさを通り越して、封印していましたね、この記憶。なにしろ情報誌の存在すら覚えていませんでしたから。

だってそうでしょ。多感な時期のチューボー、強制的に女装させられ、人前にさらされる。友達にいじめられるに決まってるって思っていましたし、本当に情けなくって恥ずかしくて腹立たしくて仕方がありませんでした。
発表会のたしか2週間ぐらい前に全く面識のない先生に「中学校の平均サイズが知りたいから」と保健室に呼びだされ、身長や頭の大きさやら細かに測られ、2,3日前に「やってもらうから」とか突然言われ、当日朝からメイク。選択の余地なし。はぶたいが頭の血管を締め付けて超いたいことしか覚えていません。
今だったら、問題になるんじゃないでしょうか。
情報誌の中には、お袋のコメントが掲載してあり、なかなか良いこと書いているのですが、家族にはこういうことするの全く言ってなかったんだってのも、本人ながら頷けます。

人前に立つことが本当に大嫌いでした。
小学校の時、読書感想文が入賞したかなんかで、みんなの前で読むことになっていたのだが、直前においおい泣いて読まなかったことや、ひいばあさんの米寿のお祝いの時も、作文を読む予定が、頑なに拒否し結局お袋が読んで聞かせたこともありました。
そんな僕が、なぜか今は、舞台俳優をしているわけです。
わからないものです。
でも少しわかったのは、
嫌なことも、経験することは、たとえ嫌なことで終わったとしても、ふと気づけば、どうやらいまの僕を支える栄養になっている。ってこと。
そんな気がします。

改めて写真を見ると・・・なかなかいい女です。
なんかいい思い出になりそうです。記憶を上書き出来そうです。
親父、ありがと。

岩淵吉能

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