稽古場日誌

ダイバー 大久保 美智子 2015/02/10

「ヴォイツェク」と研修生修了公演「ダイバー」について

「ヴォイツェク」って一体、何でしょう? ドイツのゲオルク・ビュヒナーによって書かれた未完の戯曲です。1800年代の初め頃に書かれたようです。

ビュヒナーが若くして亡くなったため原稿は放置。後に研究者が発見したものの、シーンの順番も分からない。何度か書き直されていて、それが第何稿なのかも分からない。
それゆえ「決定稿」といえるものは無く、後の人々がいわば「好き勝手に」いじりまわした戯曲なのです。

今回、研修生の修了公演「ダイバー」に「ヴォイツェク」の断片を挟み込もうと画策しております。

「ヴォイツェク」に惹かれたのは、童話のような優しい素朴なせりふ、それと対照的な行為の残酷さでした。

主人公のヴォイツェクは素朴な、というよりかなりしょぼい軍人です。篤い信仰心を持っているけど、知識といえば聖書のみ。学は無し金は無し。内縁の妻マリーと結婚できないのも、お金が無いからです。
それでも文句も言わず、日本のサラリーマンのように、貧乏な演劇人のように、せかせかと時間に追われ働いていたヴォイツェク。彼が妻に裏切られた時、彼にとって「たったひとりの女」だったマリーを生贄に差しださなければならなかった。

愛ってなんだろう? 則(のり)ってなんだろう? 貧困って何をもって貧困と言い、貧困の何が人を狂わせるのだろう?
この豊かな日本でも時間は刻々と過ぎていきます。私たちは貧者のように稽古をしています。これはどんな物語なのか、研修生のどの部分が物語とリンクするのか、私たちが面白いと思えるポイントはどこなのか、探して探して、手にしたと思ったら指の隙間からこぼれ落ちる、そんな日々です。演劇貯金は0円、借金は信用がないので出来ません。
それでもこの実験がおこなえる毎日を、かけがえのない豊かなものだと感じます。
この稽古の中で発見されるものを見逃さないように、全身を性感帯のようにビンビンにしておくのが、初心演出者の仕事かなと思っております。

どうかどうか、見届けてください。

研修生修了公演「ダイバー」演出
大久保美智子

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