稽古場日誌
ちょっと前になりますが、韓国に行ってきました!
世Ami(セアミ)というカンパニーのツアーに参加させていただきました。
世Ami の主宰であり、演出であり、現役の役者であり、神田祭りの花咲爺さんであり、東大大学院の院生でもある、金世一(キム・セイル)さん。名前の通り韓国の方です。
私にも何人か韓国のお友達がいますが、セイルさんはその中でも「ザ・韓国」。熱いエネルギッシュな若干うざったい男です。
まずこのお話のオファーをいただいた時。私は研修生修了公演の演出で毎日ご飯もろくに食べられないほど忙しく、また「この役、私にできるかな?」という悩みもあり、セイルさんにお返事できずにいました。そんなある日、携帯に英語のメールが。いたずらメールかと思い削除しようとしたところ・・・あれ? ・・・AIR BUSAN(釜山航空)の文字が・・・。なんと航空券の予約完了のメールでした。思わず笑ってしまいました。
日本人である私の常識では「まだOKって言ってないのに!」「許可なく飛行機の予約するなんてひどい!」なのですが、また私の中の違う部分が「こりゃおもしろい。この波に乗ってみるのも悪くないかも。」とワクワクしてしまったのです。
そんなことで行くことになってしまった韓国、釜山。
お引き受けしたものの、この役はもともと、大先輩・久保庭尚子さんのためにセイルさんが演出されたお芝居で、毎日自分の底の浅さに打ちのめされっぱなしでした。人間的にも身体的にも、久保庭さんのスケールには到底及ばず。ま、当たり前だし、そこは目指さない、と心に決めたはずなのですが、揺らぐ揺らぐ。
自分に歯がゆさ満点ではありましたが、セイルさんの身体論・・・というのか、呼吸論・・・というのか、演技論。は、ものすごくおもしろかったのです。世Ami=セアミ、つまり「世阿弥」+「世一」からこの名前が来ています。世阿弥の思想と韓国の俳優であるセイルさんの思想が、世Amiでミックスされたのです。
「空気の中に感情の粒があるんだよ。俳優という特殊な能力をもった人は、その空気を吸うだけで、感情が起こる。起こそうとして起こるものじゃないんだよ。」
「ある体の形を作る。その形で相手と向かい合う。それだけで何か、感情が湧き上がってくるでしょ。その形を発見していくのが稽古だよ。」
「呼吸をとめてはいけない。美智子さんは“詰め”を誤解している。」
あ~新鮮だ! 分かってたつもりで分かってなかった! アレはコノことだったのか! などなど、日々押し寄せる学びの波・・・ああ、しんどい。しんどいけど、おもしろい・・・。
最終的に喉の先生に「声帯が男みたいになってるよ・・・」と言われる始末。なんでもやりすぎる。私の悪い癖です。
さて、韓国上陸初日、歓待のサムギョプサル。翌日、定食屋さんのキムチチゲ。
美味しすぎました。韓国に行った方ならご存知でしょうが、付け合せっていうのでしょうか、お通しみたいな小皿が、10品くらい出てきて、すべておかわり自由なのです。食べすぎました。まず肛門が危機に瀕します。ほんとに美味しいのですが、全てのものが辛い。地味に力の要る芝居で、お腹でふんばらねばならないのですが・・・出てしまう! あ、出てしまったかも! もういいじゃないか出てしまっても! 葛藤しながらの本番。絶妙にスリリングでした。
釜山で受け入れてくれたのは「俳優倉庫」というセイルさんの後輩の劇団でした。ビルの地下に劇場があり、5階に事務所があります。その事務所で私たちはお昼ご飯をいただきます。なんと約2週間毎日「俳優倉庫」の役者さんがご飯を作りに来てくれました。
自前の劇場を維持していくのはやはり大変で、アルバイトをしながら、劇場の運営もすべて俳優がやっていました。みなさん忙しいアルバイトの隙間をぬってお手伝いに来てくれました。
韓国の方がそうなのか、セイルさんとその周りの方がそうなのか分かりませんが、行動が早いです。声もでかい。ワーワーと率直に話して、すぐ行動。
対して私たち日本人は、まず周りを見る。これやっちゃって本当に大丈夫かな? と窺う、そして行動。どうしても一歩遅れる。
「失敗しても、いいじゃん。やりなおせば。」が韓国流。
「なるべく失敗しないようにしよう。効率悪いし、迷惑かけるから。」が日本流。
演劇的なのは、前者だよな。もちろん例外はたくさんあるんでしょうが、韓国の方の「ケンチャナヨ」(大丈夫よ)と言いながら、失敗して寄り道してもズンズン進んでいく推進力はすばらしいと感じます。
そして特筆すべきは、セイルさんの前説です。
韓国では前説、本編、終演後トークまたは写真撮影、というのが定番らしく、毎回セイルさんが前説をしてから本編が始まりました。
話されることは、まあ普通の「携帯電話の電源は切ってください。」とか「釜山は僕の生まれ故郷です。」とか「今福岡と釜山をむすぶプロジェクトが進行中です。応援してください。」とか、そんなことなのですが・・・なぜか毎回、大盛り上がりなのです。尋常じゃない拍手と口笛に迎えられてセイルさんはオペブースへ消えるという。
なぜ!? 神田祭りの花咲爺さんも大盛り上がりなのだそうです。セイルさんいわく「呼吸をよむんだよ」といとも簡単そうにおっしゃる。しかし、代役で「俳優倉庫」のベテラン俳優さんが前説をしても、同じようにはいかないのです。
セイルさんが優れた俳優であることはもうそれだけで分かる。しかも喜劇ができる俳優。そんな人がこんな暗いお芝居をつくるっていうのも、おもしろいなぁと思います。
そう今回の「ピクニック」というお芝居、ボケた母親に虐待され続ける娘。悲惨な暗いお話です。もちろん、久保庭さんにちゃんとお返しできるようにと頑張りましたが、もし再演できるなら、日本のお客様にも観ていただきたいなぁ。
1枚目の舞台写真、撮影はCHENG JIEさん。