稽古場日誌

タイタス・アンドロニカス/女殺油地獄 小笠原くみこ 2015/10/07

ひとつ間違えば悲劇になったかもしれない話

今から約10年前。
海外公演、そのツアー最終日。公演も終わり、あとは飛行機に乗る夜までの時間はフリータイム!

公演が終わると、電池が切れて何もしたくなくなる私。本当は、ホテルでダラダラしたいけれど、チェックアウトしなくてはならず。夜まで荷物と身の置き場がない私たちの事情を知って、ホテルのすぐそばの、前日まで公演していた劇場が、空いている楽屋を提供してくれ(感謝!)、スーツケースを持って、ひとまず劇場へ。

提供された楽屋には、安田、浦、音響スタッフの3名のみしかおらず、あとのメンバーは、全員買い物やら観光やらに出かけてしまったらしい。(残っていた上記3名は、帰国翌日から地方で長期の仕事のため、その準備と体を休めていたのでした)

ダラダラしたいが、この楽屋にいるのは、なんとなくヤダなー、と一旦外へ。近くのスーパーで瓶ビール2本買い、劇場目の前の公園に戻り、一人ベンチでビールを飲んでいたのでした。

と、そこに、地元のおじさんが、私がいるベンチに座り、ビールを飲み始め、2本のビールを飲みきった私に、ジェスチャーで「飲むかい?」と、栓が開いていないもう1本のビールを提供してくれるではありませんか。即座にもらうと伝え、飲み干す私。

するとおじさんは、私が手にしていた無料ガイドブックを指さして、「ここは行ったのかい?」的なことを聞いてきます。
おじさんと私のつたない英語で会話が始まりました。おじさんは、どうやら初めて出会った日本人の私に親切にしたいらしく、ガイドブックに載っていた市場に連れて行ってくれるとのこと。

そこから、私とおじさんの小旅行が始まります。トラムに乗って市場へ行き、またトラムに乗って綺麗な公園に行き、さらにトラムを乗り継いで、おじさんの自宅に行き、手料理とワインを御馳走になり、お土産になぜかエロ本をもらい、最後は、出会った劇場前の公園に、私を送り届けてくれました。

おじさんはつたない英語で、
「つまらない仕事をし、それもまもなく退職で、毎日退屈に過ぎていく。そんな中で君と出会ったことは宝物だ」と言い、知っている数少ない日本語を並べたあと、

「君は僕のゲイシャだ」と。(褒め言葉です)

そんな心温まるエピソードは、私の曲がった心にずっとホカホカとあったのですが、海外で、旅慣れない日本人女性が一人タクシーに乗っておこった無残な事件などを聞くと、自分の行動の浅はかさに、ゾーーッとするのでした。

小笠原くみこ

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『タイタス・アンドロニカス』『女殺油地獄』、両作品が「悲劇」であることにちなんで、「私と悲劇」をテーマにした稽古場日誌を連載中です。
それぞれの生活感あふれる「悲劇」をどうぞお楽しみください。

『タイタス・アンドロニカス』『女殺油地獄』公演情報
https://www.yamanote-j.org/performance/7207.html

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