稽古場日誌

ワークショップ外部活動 安田 雅弘 2017/07/31

演劇に近づく! 『仮名手本忠臣蔵』に迫る!

去る4月末から7月頭にかけて大田区民プラザで、講座とワークショップを実施しました。その様子をお伝えしましょう。

さまざまな内容の、5つの講座と1つのワークショップが五月雨式に開催されました。講座の一番手は「エンゲキのアレコレ」というものです。これは私が講師を務めさせていただきました。この講座は2年前に劇団のスタジオで計2回行なったものの改訂版です。

俳優養成や俳優体験を目的としたワークショップは数多くあります。山の手事情社でも年間を通じていろいろ実施しています。毎回相応の人数に集まっていただき、演劇への興味を深めていただくのはうれしいことです。しかし、現代日本演劇が取り組まなければいけない喫緊の課題は、俳優人口を増やすことではなく、観客人口をいかに増やすかということなのです。どんなにすばらしい舞台を作っても、見てくださる方がいなければ演劇は成立しないわけですから。

とは言っても、一般の方の感覚からすれば、演劇と呼ばれるものが種々あることは知っていても、どれを見ればいいのかわからない。また、びっくりするほど料金が高い。さらに、もし仮に一念発起して劇場に足を向け客席に座ったとしても、舞台上で起こっている何に注目すればいいのかわからない。まさに三重苦の状態に置かれているわけです。

そこで今回の講座は、3回に分けて「エンゲキのアレコレ」をお伝えしよう、という趣旨です。毎回30名ほどの方がおいでになりました。
1回目は「エンゲキにはイロイロある」と題して、私たちが住む「東京」は多様な演劇が楽しめる世界でも有数な都市なのだということをお伝えしました。考えてみてください。能・狂言に歌舞伎、文楽、新劇もミュージカルも小劇場演劇もあります。ほかにも大衆演劇や寄席やオペラにバレエやコンテンポラリーのダンスもあります。非常に多種の舞台芸術を擁する街に住んでいるのに、それを知らないのはもったいないですよね。それらを映像をまじえつつ解説しました。

2回目は「俳優の身体や声のこと」です。俳優は舞台上で一体何に集中しているのでしょうか。どうして多くのお客様の前でもあがらないのでしょうか。さて、では舞台上の演技を実現するために、俳優は具体的にどのような訓練が行われているのか、そしてそれぞれのトレーニングにはどんな意味があるのか、といったことをお話ししました。すぐれた観客になるには俳優のことを知っていた方がいいんです。グルメは材料や調理法を理解していた方がより深く楽しめるのと同じです。

3回目は「エンゲキを取り巻く環境」についてお伝えしました。演劇が生活に溶け込んでいないのは、先進国では残念なことに日本だけです。ヨーロッパであれば人口が20万人もいれば、必ずその街には「子供劇場」という公共施設があります。地元の小中学生は、年に何度か学年単位でその劇場を訪れ、お芝居に接するのです。観劇は学校だけでは学べない社会のしくみや、人間のあり様について考えるきっかけを手にする機会にもなっています。このように演劇が機能していることとはどういうことなのかを説明させていただきました。

この講座では、一昨年香川県で開催した時にも感じたのですが、お客様がとても真剣で圧倒されます。皆さん手元の紙にメモをとりながら、食い入るような目で映像を見つめています。義務教育課程に「子供劇場」も「演劇教育」もないわが国ですが、潜在的にお芝居を見たい、もっと知りたいと思っていらっしゃる方は私が考えるより多いのかもしれません。

「エンゲキのアレコレ」に引き続き、教養講座が2つ開かれました。
実は来年の年末、大田区民プラザで区民の皆さんに出演していただく『仮名手本忠臣蔵』[かなてほんちゅうしんぐら]を製作しようという企画が進んでいます。出演は区民の方でなくても、大田区まで練習においでになれる方なら住所は問いません。歌舞伎で有名なアノ『忠臣蔵』です。年末の討ち入りのシーズンになるとテレビドラマになるアレです。それをまさに討ち入りの日程に合わせて区民出演劇として作ろうというのです。

題名は御存知の方も多いと思いますが、細かい内容は私もよく知りません。そこで、歌舞伎の専門家をお呼びして、作品の魅力を語っていただこうという狙いです。
1回目のナビゲーターは歌舞伎ソムリエのおくだ健太郎さんです。この方は歌舞伎のイヤホンガイドなどでも解説をされている自他ともに認める「歌舞伎オタクさま」です。おくださんは、部屋の机を壁ぎわにずらして、真中を花道に見立て、『忠臣蔵』の見どころを熱弁してくださいました。すごいと思ったのは、登場人物のつまり俳優の声色を使い分けながら場面ごとの説明をされるところでした。歌舞伎を見たことがないのであれば、まずおくださんのワンマンショーを見てから、その世界に入るのがお勧めです。

2回目はこちらも誰もが認める「歌舞伎オタクさま」の犬丸治さんです。伺ったところでは、小学校の時に『東海道四谷怪談』を見たのがきっかけで歌舞伎にはまった、とのことです。しかも誰かに連れられて行ったのではなく、ご自分で見に行きたいと思ったというから驚きです。中学では鶴屋南北に関する分厚い論文を提出して、先生方の度肝を抜かれたというエピソードも耳にしました。犬丸さんは1960年に公開された森繁久彌主演の東宝映画『サラリーマン 忠臣蔵』の一部を紹介しながらおくださんとは違った視点から『忠臣蔵』の解説をしてくださいました。

お二人のお話しの後で、私が代表する形でいくつかの質問をさせていただきました。印象深かったのは、
「今が旬の、見ておくべき歌舞伎俳優はどなたでしょうか?」
という質問に、お二人とも同じ俳優を挙げられたことです。
「中村吉右衛門、片岡仁左衛門、坂東玉三郎。」
のお三方でした。まさかお打合せはされていないと思いますが、
「旬とか旬を過ぎるということのない、同時代を生きられたことを感謝すべき歌舞伎俳優さんたちです。」
と異口同音におっしゃっていました。

さて、1回だけ行なわれた実践ワークショップも『仮名手本忠臣蔵』がらみでした。「1day演劇ワークショップ」というものです。『仮名手本忠臣蔵』製作に向けた俳優ワークショップのお試し版です。予想を上回る40名弱の参加者の方がお運びになりました。簡単な運動やトレーニングで、身体と心をほぐした後、台本を読んでいただくという内容です。テキストは近松門左衛門作の『傾城反魂香』[けいせいはんごんこう]を使いました。来たる10月、山の手事情社が大田区民プラザで上演する予定のお芝居です。この冒頭部分を皆さんに読んでいただいたのですが、単語も言葉遣いも耳慣れないものが多く、皆さん四苦八苦されていました。いつも思うことですが、「台本は一般に考えられているよりはるかに難しい」のです。それを体験していただきました。最後は3名ずつ、皆さんの前でテキストを読んでいただき、長い一日は無事終了しました。

この7月から『仮名手本忠臣蔵』に向け、「体験ワークショップ」がスタートしています。台本の一部を使って、参加者の皆さんに演技をしていただこうと鋭意稽古中です。発表会は9月。大田区やその周辺の地域に演劇が好きな、そしてやったことのある方が増えていけばいいなと思います。

安田雅弘

安田雅弘とおくだ健太郎氏

安田雅弘とおくだ健太郎氏

犬丸 治氏と安田雅弘

犬丸 治氏と安田雅弘

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