稽古場日誌
馬込文士村演劇祭/馬込文士村 空想演劇祭 越谷 真美 2022/11/25
『馬込文士村 空想演劇祭2022』で上映予定の『千代と青児』は、宇野千代原作の小説「その家」をモチーフにして、宇野千代と画家の東郷青児との出会いと恋愛を描いた短編作品です。
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『生きて行く私』を読めばわかりますが、千代の初恋のエピソード面白いです。
簡単にご紹介しますと……
1914(大正3)年、千代は生活のため代用教員として地元の尋常小学校に勤めます。
翌年、赴任してきた新任教員・佐伯と関係を持ちます。教員同士の恋愛はご法度で村中にすぐ知れ渡ってしまい、千代だけが諭旨免職となってしまいました。
彼女は思いました。
「彼を悪い噂から守るため、私は朝鮮へ行こう。」
知り合いをたずねてソウルに行き、知り合いの牧師さんの赤ちゃんの面倒をみる仕事を得ます。そして空いた時間には佐伯に手紙を書きました。佐伯からはたまに返事がありました。
ある日、佐伯から分厚い手紙が届きます。
「宇野先生、この手紙を、どうか心を落ち付けて、よく読んで下さい。私もまた、罰をうけたのです。(中略)私はあの、山奥の広田村の学校へ流されたのです。(中略)これを最後にこれからは、一枚のハガキも出しません。あなたからのお手紙も、一通も頂くことは出来ません。(中略)私を助けると思って、手紙は出さないで下さい。もう一度、同じことが起きると、私は破滅します」
遠距離恋愛と思いこんでいる相手からこんな手紙を受け取ったら、皆さんどうしますか?
相手の言う通り、連絡を取らず別れるのか?
納得いかず会いにいくのか?
千代はすぐに荷物をまとめて帰ります。
途中下関の金物屋で、母のお土産に千代は包丁を買います。
8月、岩国から広田村まで25km前後の道のりを歩いてようやく佐伯のもとに到着。
縁側から声をかけます。
「先生、佐伯先生。私です。宇野です。いま、朝鮮から戻って来ました。」
千代はふたりのこれからのことを話し合いたい気持ちでいっぱいでしたが、彼の険しい声音が聞こえてきます。
「よもや、誰ぞに会うたりはおしんされまいがの」
「学校の小使いさんに会うただけで、誰にも」
「小使いに! 小使いにお会いんされたら、もう不可ん。ああたは自分のしたことが何か、わからんのか!」
佐伯は錯乱して千代を庭に突き飛ばします。すると、帯に挟んでいた包丁が堤から出て、叢に落ちました。千代はそれは母への土産だと言い訳したいけれども、佐伯はさらに激高して包丁を遠くの竹薮めがけて投げつけ、「やくたいもないこと考えんで、さあ、早うお往にんされ」と言って、部屋に駆け上がり雨戸をぴしゃりとしめました。
千代はその晩、朝まで歩いて自宅に帰りました。
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なぜ、下関で買った包丁を「母へのお土産」と前置きするのか気になって仕方ありません(笑)
「ひょっとしたらこの包丁は、母への土産物なぞではなく、あの下関の店で買った瞬間に、男を脅す積もりで、帯の間なぞに挟んで来たのではなかったか。」
と他人事のような書きぶり。
どう見てもそう思うよ! と突っ込みたくなるのですが、その後が興味深いのです。
「私の心の中には、まだ、あの亡くなった父の命令は、これがどんなに不条理なことであっても、唯々諾々として服従した、あの習慣が残っていた。こんなとき、その習慣が生きて、私に、どんな苛酷なことでも平気で従わせる、力になっていた。(中略)この失恋を皮切りに、私はそののちも、しばしば失恋した。そして、いつのときでも、抗うことなく、自分の方から身を引いた。」
「抗うことなく」というのは眉唾ですが、千代はこのあとも男に尽くし、やがて自分から身を引く恋愛を重ねていくのでした。
つづく
※文章はあくまで個人としての意見です
※『生きて行く私』から一部引用させていただきました
越谷真美
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OTA アート・プロジェクト
馬込文士村 空想演劇祭2022 作品上映&[同時収録]生ライブ
日時=2022年12月17日(土) 11:00開演/15:00開演
会場=大田文化の森 多目的室