稽古場日誌

外部活動 倉品 淳子 2018/07/28

古典ジャナ~イ。翻訳ジャナ~イ。ヨソジノオンナタチ

現代劇で、台詞劇で、しかも当て書きという、今まではどちらかというと避けてきた形態。本当に面白い体験でした!

まず、共演者、作・演出家、みなさんほとんど初対面の方々ばかり。
今回書き下ろしということで、作者の釘本光さんはなんと、一度その人に会えば書けるという……。なんとも倉品の性格を言い当てられているような台詞を前に「オイ! おまえは霊能者か!」と、ツッコミを入れたくなりました!

山の手事情社では、古典作品を扱うことが多いものですから、「これはどんな意味なんだろう?」っていう台詞があっても、「どうしてこんな事言うんですか?」って聞けないですよね。一度シェイクスピアさんに聞いてみたいもんですが……。
それが! 聞き放題です。それどころか作家自ら「何かわからないことはないですか?」って言ってくれるんです~! 新鮮キワマリナーイ!! 

でも、でもですよ。「なんか面白いもん見せてくれよ」っていう、某メガネの演出家のところで長年やってきた考え方が癖だらけの女優は、なかなかわからなくても聞けないんですよね。なんか、負けたような気持ちになっちゃう。正解が一個しかないのは面白くない。とか思ってしまう。「新解釈! 新解釈!」と、トレープレフばりに頭を抱えてみたり。

実際は、正解はいっぱいあって、それをみんなで右往左往しながら探し回った現場だったんじゃないかな? とても魅力的な女優さんたちと刺激的な時間を過ごすことができました。演出家の数だけ、現場の数だけ、いろんな考え方や方法があって、「ああ、もっといろんなお芝居に出たいなあ!」って思いました。年齢からいっても、これから死ぬまで、そんなにたくさんのお芝居には出られないですからね。

最後に、台詞について発見したこと。なぜか苦手な台詞がありました。小屋にはいってからも、何度もその台詞を自主練していたのですが、演出の釘本さんがそれを聞いていて、「淳子さん、それ、“家の”じゃなくて“家で”です。」と言いました。「ふと家で鏡を覗くと」と言うセリフを、「ふと家の鏡を覗くと」と言っていたんですね。お恥ずかしい話ですが、言われて初めて、この二つの決定的な違いに気がついたんです。話している自分の場所と時間が違うんです。正しい台詞のほうでは、この話をしながら、時間と場所を飛び越えて自分がその鏡の前に来ている感じがするんですね。

これまで、山の手事情社でも、台詞を一言一句違えてはいけないということをやってきましたが、(なかなか難しいですが!)本当に大切なんだと思い知りました。演劇始めて、うん十年となるのに、当たり前過ぎてお恥ずかしいですが……。
ああ! だから演劇、楽しいです。

倉品淳子

ヨソジノオンナタチ

「ヨソジノオンナタチ」photo by bozzo

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