稽古場日誌

あたしのおうち 鹿沼 玲奈 2019/02/12

あたしの実家

私の実家には、広いリビングがある。
幼い頃、そのリビングがボールルームのように思えて「ここはヨーロッパのお城よ」とかよく妄想しては、妹と2人でクルクル踊りながら過ごした。
壁には鳩時計があり、1時間に1回愛らしい鳩の鳴き声の後『青く美しきドナウ』が流れた。時計に設置されていたドイツ風の人形たちもクルクル踊っていた。そういうのも雰囲気を作っていたと思う。
そのリビングの東端には2段の丸みを帯びた階段があり、上がったところに引き戸がある。引き戸を開けるとダイニングスペースで、そこも割と広い。
その「リビング、丸みを帯びた段を上がってダイニング、間には引き戸がある」という環境は、まるまる、劇場構造だった。

夕飯の後、両親と祖母をリビングのソファに座らせ、私たち姉妹は俳優として、劇作家として、演出家として、舞台監督として、大道具として活躍した。
ある時はアラビアの魔法使いの物語、ある時はドイツのクマとうさぎの物語。
だいたいが即興のコメディ作品だった気がする。漫才も多かった。
愉快な旅芸人の姉妹だった。
妹も私もピアノが弾け、合唱部員だったので、鳩時計の真下にあるアップライトピアノで生演奏のオペラが上演されることすらあった。
(朗読劇だけはしなかった気がする。朗読は両親の分担だったから)

両親と祖母は拍手喝采を送ってくれることもあったし、飽きて自室に引っ込んでしまうこともあった。
姉妹はお客の誰もいない空間に向かって夢中で演技し続けていたこともあった。
でもお客がいたっていなくたって(疲れ果てていない限り)演技をやめることはなかった。結局お客なんてどうでもよかったのだ。
私たちは舞台上にいる限り、群馬の片田舎のチビな小学生ではなかった。お姫様にもうさぎにもなれた。舞台で演技することは心底楽しい。やめられない。芸人姉妹は笑いあったものだった。

大人になった今、ボールルームはただのリビングだし、壁の鳩時計は壊れて音が出ないし、階段は改装されて簡素な四角い造りになってしまった。ダイニングだって別にそんなに広いとは思わない。引き戸は滅多に使わない。
今更実家で演劇をしようとは思わないし、お客様なんてどうでもいいなんて絶対思えないし、「芸術」「日本社会」「自分とは」などと小難しいことばかり考えている。あの頃の私とは似ても似つかぬ生意気な女になってしまった。

でもふと思い返すとあたしのおうちには、今の私の原点が、確かに、濃厚に、あったのだった。

鹿沼玲奈

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あたしのおうち

2018年度研修プログラム修了公演『あたしのおうち』
日程:2019年3月6日(水)~10日(日)
会場:大森山王FOREST
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2019年度研修プログラム「俳優になるための年間ワークショップ」
オーディション開催中
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