稽古場日誌

桜姫東文章 安田 雅弘 2020/02/13

鶴屋南北という人

山の手事情社では、古典の和モノを結構上演してきました。
最初に手掛けたのは、近松門左衛門の『傾城反魂香[けいせいはんごんこう]』。
20年前のことです。
あるのは、やりたいという気持ちばかり。
お手本もないし、知識もないし、どうやって上演したらいいのか。
原作台本を読みながら、途方に暮れた覚えがあります。

歌舞伎がお手本になるだろうと思うかもしれませんが、
『傾城反魂香』は現在の歌舞伎ではたった一場面しか上演されていません。
「吃又[どもまた]」(吃りの又平という意味)と呼ばれるシーンです。
全編上演するとわかるんですが、この場面、本筋から少し外れています。
独立しているというか。それで逆にこの場面だけの上演が可能なのかもしれません。

『傾城反魂香』で少し手ごたえを得て、
その後、
『牡丹燈籠[ぼたんどうろう]』(原作:三遊亭円朝)
『狭夜衣鴛鴦剣翅[さよごろもおしどりのつるぎば]』(原作:並木宗輔)
『船弁慶[ふなべんけい]』(原作:観世小次郎信光? … 原作者が未確定)
『道成寺[どうじょうじ]』(原作:郡虎彦ほか)
『摂州合邦辻[せっしゅうがっぽうがつじ]』(原作:菅専助ほか)
『女殺油地獄[おんなころしあぶらのじごく]』(原作:近松門左衛門)
と作ってきました。
歌舞伎台本だけでなく、能楽や落語、『道成寺』では『今昔物語集』も使いました。

今回の『桜姫東文章』は、鶴屋南北の書いた歌舞伎台本です。
どの作家も当たり前のことですが、それぞれ個性があります。
ただ鶴屋南北は今までとはちょっと違った味わいがあります。
アクというか、エグミというか、クセの強い印象です。

ともかく観客を驚かしてやる(びっくりさせてやる)という意気込み、息遣いが、
行間からもれてくるような作品です。
『桜姫東文章』で言えば、お姫さまが遊女に身を落とす。
犯された男に強烈に恋慕する。
高僧が堕落してストーカーになる。
似たような顔をした聖人と悪人が同じ地域に出没する。

こういうことがやりたくて、その上で物語に編んだ気がします。
だからどうしても辻褄の合わないところや、ご都合主義的なところが出てくる。
それも随所に。
けれども南北には当然わかっていたはずです。
「そんなこと観客は気にしねぇよ」
「芝居なんだ、何だってありだろ?」
「ありえねぇかもしれねぇが、あったら面白れぇだろ?」
彼のこんな声が聞こえてくるようです。

とんでもない設定でも、観客がリアリティを持てる時代だったのでしょう。
その意味では、現在にとても通じるところがあると思います。
記憶に新しい、元日産自動車会長のゴーン氏の逃亡劇とか。
現在進行中の新型肺炎の騒動とか。
今までの常識では理解できないようなことが起きています。
ただおそらくその常識は私たちの住む日本でだけ通用するもので、
日本を取り巻く世界は、南北が想像を巡らしていたような状態が、
むしろ「常識」になっているのかもしれません。
「ほらな、客はそういうの求めてるんだよ」
と説教されている気分になります。

ほかの作家に比べて、ト書きが多くて細かいのも彼の台本の特徴です。
俳優や演出家(江戸時代にはいませんが)にいろいろと注文をつけてくる戯曲です。
「ここで思い入れ」という指定がやたらと入っています。
「思い入れ」というのは、言葉によらずしぐさや表情で、登場人物の心理を表現する演技です。
そんなに書かなくてもわかるよ、といいたくなりますが、
彼の中には芝居の細部が、映像としてイメージされていたのでしょう。
多分に演出家的な劇作家だなと感じます。

ともあれ現在稽古場で、俳優・スタッフ総動員で格闘中です。
南北が見てくれたとして、納得してもらえるような、
できればびっくりしてもらえるような舞台にしたいと思っています。

安田雅弘

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劇団山の手事情社 創立35周年記念公演
『桜姫東文章』2020年3月14日(土)~17日(火)
会場=東京芸術劇場 シアターウエスト

詳細は こちら をご覧ください。

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