稽古場日誌
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新型コロナウイルスの出現によって、世の中から演劇をやる意義が問われております。
そんな中、今年も研修生が集まってくれました。その中には、それぞれに様々な理由や決断があったことでしょう。
そこで、今回の劇団員による稽古場日誌は「何故ワタシは演劇をやるのか」をテーマとして、今年度の研修生を応援していきます。
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中学高校時代の僕は精神的に病んでいた。
被害妄想に苦しみ、周りから見ると変な行動をしてる様に見られることもあった。精神病院に通い、処方された薬を飲みながら病状が改善されるのを必死に願っていた。クラスメイト達からは変なヤツとレッテルを貼られ、とても苦しい思いをした。中学生の頃の僕は今より20キロ以上痩せて白髪だらけだった。普通に戻りたいという願いとは裏腹に症状は一向に良くならない。そうしている内に中学高校の6年間は終わってしまった。
高校3年生の春頃、進路に困っていた僕に母が演劇の専門学校のチラシを見せて勧めてきた。曰く「アナタが行けるとしたら偏差値の低い大学の経済学部くらいだけど、どうせ長く続かないだろうから演劇でもやったら?」とのこと(世の経済学部の方々申し訳ありません!)。結局そのまま名前も聞いたことのない演劇の専門学校に行くことにした。そしてその専門学校で山の手事情社と出会うこととなる。
そこからは山の手事情社の俳優養成法《山の手メソッド》の目白押し。一つ一つの稽古が楽しくて新鮮だった。勿論辛いことや上手く出来なくて自己嫌悪に陥ることも多々あった。
が、不思議なことにガムシャラに稽古に集中している内に、中学高校時には全然良くならなかった精神病が目に見えて良くなっていった。多分余計なことを気にしている余裕が無くなったのだと思う。今思い返してみても、演劇の専門学校に行ったのがターニングポイントだったのだと思う。
あの時演劇を選んでなかったら、あの時普通の大学に行っていたら、もしかして今も症状に悩まされて変なヤツと思われていたかも知れない。本当に恐ろしい。
そう考えると演劇には感謝しかない。だが正直なところ、見るのもやるのも演劇はそんなに好きではない。けど実際に自分を救ってくれたから何も言えない。好きとか嫌いとか、楽しいとか苦しいとか、そんな甘っちょろい言葉では僕と演劇の関係は語れないのかも知れない。今でも上手くいかなかったり、疲れたりして演劇辞めたくなることは多々あるけど、きっとこれからもずっと何らかの形で演劇に携わっていくのだと思う。
佐々木 啓