稽古場日誌

交交(こもごも) 研修生 2021/02/06

俳優の魔法

小2か小3の社会見学で、行き違いから駅でおいてけぼりをくらったことがある。
見学後にクラスで観劇を予定していた劇場で合流しようと考え、地図を片手にひとり劇場へ先回りした。開場前の無人の劇場ホールは子供には広い。赤い水筒を斜め掛けしてぽつねんと立っていた私はそのとき、不思議なものを見た。
それは大きな白い鳥で、こちらに向けて手招きをしていた。目を凝らすと鳥と思ったのは、これから私たちが観るのであろう芝居のメイクと衣装をつけた俳優さんであった。「鳥さん」が私をロビーのソファに座らせると、やはりカラフルなメイクと衣装に身を包んだ俳優たちが集まり、小さな観客の目の高さにしゃがんで、口々に「ひとりで来たの、偉かったね」「劇が始まるまでここで待っていればいいよ」とジュースやお菓子をくれた。メイクや衣装を着けた彼らの身体は幕の上がった異空間でのみ映えるのに、まるで近所のお兄さんやお姉さんのような様子で現実の世界にいる、そんな異空間のまじわりが子どもながら不思議だった。そこへ同級生たちの喧騒、先生の足音が聞こえたとき、「鳥さん」は私の制帽に手を置いて「じゃあね」と立ち上がった。その時また不思議なものを見たのだ。舞台に向かう彼らの背中はもうすでに、さっきまでの隣のお兄さん・お姉さんのものではなく、また周りのどんな大人とも違う、不思議なオーラに包まれていた。魔法の粉がかかってる! と思った。魔法を見たことは友達の誰にも言わなかった。
どこの劇団のなんの演目だったか覚えていない。もし伝わるなら、あの時のお礼を申し上げたい。開演直前に面倒を見てくださったこと、そして俳優の魔法を見せてくださったことを。

山の手事情社の研修プログラムは、《山の手メソッド》を通じて、プロの俳優に必要な基礎を養っていきます。しかしプログラム自体が結果をつくるわけではなく、答えを見つけるのは俳優自身です。他人になろうとして自分しか見つからず、変わろうとして変わらない癖を見つけ、ひたすら七転八倒が続きます。千秋楽の日までこの模索は続くと思います。ただ出来ることは、お客様に誠実に、自分のバカさ加減を晒す覚悟をすることだけでしょうか。どうか、そのバカさ加減の先に少しでも、魔法の粉が降るよう祈りながら。

難しいときですが、ご無理のない範囲で、おひとりでも多くのお客様に修了公演を見届けていただければ幸いです。

小西ひろ

■演出の中川佐織から小西ひろへ質問
Q. 自分の身体の部位で最も自分っぽいところはどこですか?
A. 「額」です。

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2020年度研修プログラム修了公演『交交(こもごも)』

日程:2021年2月25日(木)~28日(日)
会場:山の手事情社アトリエ
詳細はこちら

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