稽古場日誌

2013年6月14日(金)。
3時間ほど寝て、ホテルで朝食をとっていると、評論家の扇田昭彦氏が「昨日の『女殺油地獄』ね、面白かったですよ」とほめてくださる。ありがとうございます。素直にうれしいが、自分では、まずいデキだったと思っていたので、複雑な気持ちもある。
鐘は2段あるうちの1段目を切り離して軽いほうだけを釣ろう、という話を本さんにしようと思ったら、もう教会に向かっているという。10:00にバスで追いかける。
話をききつけた評論家の野田学氏が出発前にロビーで、「安田さん、危ないなら、鐘釣らなくてもいいんじゃない? こないだ東京で見たとき、鐘なかったけど面白かったよ」と励ましてくださる。これも複雑な気持ちになりつつ、友誼のあたたかさが率直にうれしい。
教会で鐘についての方針を伝え、鐘の作り替え、客席づくり、オペ室の設置などが並行して進む。
照明は暗転が十分でないなか、シュート作業が続行。そんな折、配電盤が煙を吹き、突然停電。
どうした?
どうやら現地スタッフがしなくてもいい、配電のしなおしをした。またやってくれたね。専門家を呼んで修理を頼む。3時間は電源が使えないという。
……。…。
無理だ。これでは定時開演は無理。と、フェスティバル側に伝える。向こうは慌てているが、何を今更。みんなキミらのせいじゃないか。
18:00くらいからようやく復帰した照明づくりと並行して通し稽古。すでに日本の公開稽古で観客の目にさらされ、キシノウで本番をこなしているせいか、俳優は思いのほか落ちついている。
かなり工夫して客席に段差をつけたつもりだが、それでも床近くで演じるシーンは見づらいことがわかり、高いところから舞台を撮り、プロジェクターで映写することにする。必要ならば、と東京で想定していたアイデア。あくまでも見えにくいシーンの補助なので、俳優をアップにしないようカメラマンと打合せ。
20:00には俳優がメイクに入って、21:30客入れにこぎつける。実質1時間の遅延。ふもとでは待ちかねた観客が溢れています、と報告が入る。申しわけない。かといって、慌てていい加減な作品を見せるわけにもいかないでしょ。
「聞いたか坊主」たちを、山道の途中で観客を出迎えるよう変更。せっかくだから山道を生かそうと、シビウに来てから稽古したシーンだ。時間をかけて稽古しておいてよかった。現場では時間が取れず、ぶっつけ本番。
「聞いたか、聞いたか」「聞いたぞ、聞いたぞ」と呼び合いながら、観客とともに「聞いたか坊主」たちが山道を登ってくる。あとで聞いたら、観客は意味もわからず「キイタカ」「キイタゾ」と口真似していたらしい。

終盤、大久保美智子演じる「久子」は、教会正面の、つまり舞台奥の扉を開け、外から登場する。
そして芝居の最後、「清姫」の山口笑美が退場して、扉は閉じる。
演劇は異世界との交流だとボクは考えているが、異世界を象徴する巨大な闇の世界に「清姫」が消えていく。
山の上の教会だとこんなことができる。
悪いアイデアではないと思っていたが、日が暮れると山の気温は下がる。開演が遅れたせいもあって、開いた扉からひゅるると冷たい風が、座布団に座っていたお客さんに吹きつけた。
どこまでも油断できない。計算が狂う。
それでも観客は舞台に集中してくれている。
最後は150人ほどの満員のお客さんが、一斉にスタンディング・オベーション。
ここでまた問題発生!
観客が立つと、俳優が見えなくなる。舞台と座布団席は同じ高さなのだ。
あちゃー。
喜んでくれたお客さんが舞台を隠して、俳優が見えない。「道成寺」は初演の時から、他の芝居と違ってカーテンコールを一シーンとして作り込んでいる。出てきて礼をするだけなら、見えなくても仕方ないが、このカーテンコールは、前のお客さんに立たれてしまうと、何をやっているか後ろの観客にはほとんど見えなくなってしまう。音楽はがんがん流れているにもかかわらず、だ。翌日は「恐れ入りますが、立たないでください」という字幕を入れることにした。

終演後、隣で見ていた制作担当のイオアナがプロポーズでもされたように抱きついてきた。
「凄い、本当にすばらしい芝居ですね」
ウチの担当ではないが、開演時間が遅れたのを心配して見に来てくれていたのだ。
「女殺油地獄」の「お沢」役のダナさんも腕を上下しながら近づいてきて抱きつく。
ルーマニア語でまくしたてるので、ニュアンスしかわからないが、
「ナマの《四畳半》を見て、ヤスダさんがやりたかったことが以前よりはっきりしました」
というようなことを言ってくれている様子。
とにかく反応が明瞭で強烈だ。
以前のボクなら、何を大げさな、と引いてしまう部分もあったと思うが、こういう風土なんだよな。
また憎めなくなってしまう。

ブカレスト報告につづく。

安田雅弘

※写真
上/配電盤が煙を吹き、突然停電したため暗い中での作業
中/教会正面の、つまり舞台奥の扉は異世界を象徴する巨大な闇の世界と通じる
下/一斉にスタンディング・オベーション

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